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パン職人の修造41 江川と修造シリーズ ジャストクリスマス


クリスマス前は心がウキウキする。。

職場と学校から別々に家に帰って来た修造と緑は、一緒に手作りのアドベントカレンダーの袋を紐から外して中身を見た。

「今日はチョコレートクッキー!」

緑は中に入っていたキャンディ包みになったカフェーシュタンゲを2つ出した。ほろりとした食感の搾りだしクッキーでヌガーをサンドして両端にクーベルチュールチョコが付けてある。

修造の作ったアドベントカレンダーは小さな紙袋に1から24迄数字を書いて、紐を通して壁に貼り付けてある。

順番に毎日ひとつずつ外してお菓子を食べる楽しいものだ。

「はい、お父さんに一つあげる」

「優しいね、緑」

「お父さんにだけよ」

「ありがとう」

修造はチョコクッキーを緑と分けて、クリスマス前のひと時を楽しんでいた。

いいもんだなあ、こういうの。

チョコ以外にも甘い時間だった。

「緑はいい子だからサンタさん来るよね」

「ウフフ」

二人で見つめあってニッコリした。

緑はこたつの中の修造の足をこちょこちょした。

「くすぐったいよ緑」

「アハハ」

うわ!可愛い。

心から愛情が染み出す、緑の笑顔を見て温かな幸せを噛み締めた。

ーーー

アドベント第4日曜日の次の日、あと何日かでクリスマスだ。

夕方、杉本と風花は2人で帰る所だった。
「今日夕焼けすごくない?」
「ほんとだね」

風花の家はパンロンドから近くて送っていくのもあっという間だ。

風花は以前カッター男に襲われたので、杉本は怪しい奴がいないか通りをチェックしていた。

商店街を歩きながら「年末って感じね」

2人は慌ただしく歩く街の人たちを見ていた。

「あれ?龍樹じゃん」

急に呼ばれて声のする方を見ると
制服を着崩した派手な女子高生が立っていた。

「あ、結愛(ゆあ)」

「久しぶり!龍樹が高校急に辞めちゃって寂しかったんだからね」

結愛は杉本の腕を掴んで自分の方に引き寄せた。



「行こう!」

「いや、行こうって、、」

杉本は風花の方を見た。

「どうぞ、ウチはすぐそこだからもう帰るね」

きっぱりとした口調で風花が言った。

ちょ、ちょっとぐらいあるでしょ?

誰よこの女とか、私の事どう思ってるの?とかないの?

さっさと行ってしまう風花の背中を見送った。

「結愛、今彼女と歩いてただろ?行こうってなんだよ」

「だってぇ、久しぶりだったしぃ」

結愛は腕を組んだまま右の足首をクネクネさせて口をとんがらせて杉本を見た。

「高校はどうなんだよ、もう高3だから進学か就職だろ?」

「ヘアメイクの専門学校に行くつもり」

「へぇ」

「ねぇ、さっきのと付き合ってんの?なんかおばさんっぽくない?」

杉本は風花がこれを聞いてなくて心からほっとした。先に帰っててくれて良かったかも。

「おばさんってなんだよ、俺よりずっとしっかりしてるだけなんだよ」

「龍樹は私といる方がお似合いだよ」

結愛はショーウィンドウに映った自分達を指差して「ほら」と言った。

確かに金色に髪を染めた杉本は、派手な出立ちの女子高生と釣り合いが取れているように見える。

杉本はガラスに映った自分の姿をマジマジと見ながら言った。

「結愛、俺がしっかりしてないだけなんだよ、俺は今。大人の世界に足を突っ込んでるんだ。パンの修行中なんだよ」

「パン屋で働いてんの?」

「そこでは俺をちゃんと導こうとしてる人しかいないんだ、どの人もどの人も」

杉本はみんなの顔を思い出して「俺が頼りないだけなんだよ」と言った。

「結愛、ヘアメイク頑張れよ、じゃあな」

ーーーー


次の日、江川と修造はパンロンドでバゲットを成形していた。

杉本と風花が一言も口を聞かないのを見て、「なんかあったのかなあ、風花さんは杉本君を見もしない、、、」と江川が言った。

「ケンカかな。ほら真っ直ぐに生地を置いて、よそ見するなよ」

「あ、はい」毎日の様に修造に成形を見てもらって江川は随分成形が上手くなった。

コンテストに出るなら一人で全てできなくてはならない。勿論今頃自分のライバルとなるべき職人もそうなる為に練習しているだろう。

まだまだ道のりは長い。

「明日からロールインをしてみよう」

「はい」

ロールインとはクロワッサンの生地を薄く伸ばしてシート状にしたバターを折り込んでいく作業の事だ。その作業の後、三角にカットして巻くといつものクロワッサンの形になる。

その時

「うん?」

「あれ?」

修造と江川は同時に顔を見合わせた。

「杉本!焦げ臭くない?」

「えっ?」杉本は慌ててパンを焼く窯の真ん中の扉を開けた。

「あーっ!」

みんなも「あっ!」と言った。

窯からモクモクと焦げくさい熱気が舞った。

窯の中のラスクが鉄板4枚とも真っ黒になっていた。

「やっちまったものはしょうがないよ」

親方が窯から真っ黒になったラスクを出した。

「親方すみません、上火150度のところ250度にしちゃいました」

「あるあるだな」

みなそれぞれうっかりパンを焦がした事があるので寛容だ。

今日は特に機嫌の悪い風花以外は、、

「あ、ごめんね。焦がしちゃった」

冷たい目で見てくる風花に言った。

「昨日遊びすぎたから頭がぼーっとしてるんじゃない?」

「あの後すぐ一人で帰ったよ」

「本当かしら!つまんないことばかり考えてるから失敗するのよ」

ちょっと自分でも驚くほど冷たく言い放ってしまった。

杉本はそれ以上声をかけなかった。


つづく

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