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パン職人の修造48 江川と修造シリーズ スケアリーキング


「お父さん!私、どこまでも修造と一緒に行くから」
律子は父、巌に宣言した。

「またどこかに行くのか?」

「ええ、そのうち修造と店を持つの。約束したもの」

「どこに?松本か?」

「修造の実家よ」

「あんな山奥に!」


厳は行った事ないがその子にグーグルアースを見せてもらって驚いた事を思い出した。


山以外何もない。 


巌だって山の上で農家をしているが、この場合は集客が出来るのかと心配しているのだ。

「あんな所誰も来るわけないだろう?山のてっぺんじゃないか」

「来るわよ。色んな人が修造のパンを求めて来るの」

律子は自信満々で言った。


「あなた、律子はもう修造さんの奥さんなのよ」

律子が強い口調で言うので二人の対立が深まらない様に容子が火消しにかかった。

「二人で決めたんなら仕方ないじゃない」

「うーん」2対1になったので部が悪い。

厳はうめいてから緑のいる部屋に移動してしまった。

そして宿題をしている緑に話しかけた。
「緑ちゃん学校は楽しい?」

「うん!おじいちゃん、楽しいよ。聞いて、私空手が八級になったのよ。お父さんと学校の体育館で練習してるの」

「へえ、凄いね。おじいちゃんにも見せてよ」

「良いわよ」

緑は平安二段をしてみせた。

なかなか決まっている。

厳は拍手をして緑を褒めちぎった。

「お父さんはもっと上手いのよ」

「、、、」またあいつの話か

「お父さんとお母さんは仲良しなの?」

「うん、お父さんもお母さんも楽しそう」

「ふーん」

容子もああ言ってるし、ちょっとは認めてやるか。。

娘の幸せが大前提なんだ。。。

厳は少し気が変わってきた。

「みっちゃん、今日はおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に寝ようね」

「うん」

 

その頃ブーランジェリータカユキでは。


伸ばした生地に色の付いた生地を重ねてカッターでカットする所を見せて貰っていた。表面の部分だけをカットして巻くと、焼成後その編み目が鮮やかに出る。

上はラズベリー生地、下はチョコ生地
どちらもクロワッサン生地と重ねて成形する。


修造は、那須田の手捌きを見つめながら「なんて精巧なんだ、神だなこの人」と思っていた。

「練習しかないよ修造君」

「俺、那須田さんと知り合いになれて良かったです」

「嬉しいなあ。なんでも聞いてよ」

「はい、もっと色々教えて下さいよ」

「はいはい、ひとつひとつ教えるから成形は任せたよ」

「はい」

いや~那須田シェフの手元をよく見られるし来て良かったなぁ!

律子ありがとう!本当に素晴らしい妻だよ。俺、感謝しかないよ。


修造はひとつひとつ丁寧に生地の表面に切り込みを入れていった。

そしてクロワッサン、バイカラークロワッサン、パンオショコラと朝方まで次々に仕上げていった。

きっと明日の朝もブーランジェリータカユキには行列ができて、開店と同時に沢山の人が入ってきてこのパンを買うだろう。

人の店に来て変な成形のパンを売らせるわけにはいかない。

修造はひとつひとつのクロワッサンを素早く丁寧に仕上げていった。

翌朝、沢山のお客さんで溢れ返る店内を見ながら修造は感無量だった。

成形したクロワッサンも次々にお客さんがトングでソーっとトレーに乗せてレジへと運ばれて行く。

「良いもんだなあ」

ところが

帰る時になって、修造は段々表情が暗くなってきた。

「修造君、どうしたんだ疲れたのか?帰りの新幹線では東京駅までゆっくり休んでくれよ」

「俺、実は長野にある嫁の実家から来てるんです。それで戻ったらなんて言い訳しようかと」

「そりゃあ気を使うね」

「はい」

「言い訳ってね、婿が意識高くスキルアップしてるのにそんな事する必要あるのかなあ。そうだ、誰が見てもわかりやすい説明あるだろ?使用前使用後じゃないけど、論より証拠って事だよ」と言って那須田は修造の為に用意したお土産のパンとは別に、2種類のクロワッサンをそれぞれ別の箱に入れて渡した。

「正直に本心を言えば良いんだよ」


 

一方高梨家では

「遅い!あいつは何をしてるんだ!?」

厳は昨日の夜一旦軟化したにも関わらず、修造が朝になっても帰らないのでまた腹が立ってきた。

「もう戻らなくて良い!あいつには俺からそう言っておく」

「何勝手な事言ってるの?そんなんだから普段から中々帰って来る気になれないのよ」

「うっ」それは困る。

「修造は私達が家に帰ろうと思った時に帰って来るわよ」

「なんでわかるんだそんな事」

そう言ってると玄関の向こう側からエンジンの音が聞こえた。

「修造だわ」

律子がすぐに玄関にむかったので厳も急いだ。

一喝してやろうと思ってたのに先を越される。

なので

「修造おかえり」と

「どこ行ってたんだこんな時間まで」

が同時に修造に発せられた。

「律子ただいま、すみませんお父さん。俺、見て欲しいものがあるんです」

修造は居間のテーブルにクロワッサンを置いた。

「これ、俺が昨日ブーランジェリータカユキに着いた時にやってたものです。そしてこっちが特訓後です」

特訓前は綺麗なクロワッサンだったが、特訓後はさらに美しくなっていた。

「あら、綺麗だわ」容子が感心して見ている。

「どう違うんだこれ、食ったら同じだろうが」

厳が違いがわからない様だったので、律子が生地とバターの間の間隔の美しさについて説明した。


奥が特訓後


ほらここを見て、層が綺麗に出てるでしょ」

と言われて厳は老眼鏡を持ってきてよーく見た。

「うーん」
言われてみれば層が少し綺麗な気がする。

「ふーん、これの特訓に行ってたのか?」

「はい」

厳はおそらく凄いのであろうクロワッサンをジーッと見た。

「素材に関しても教えて頂きました。選考会頑張れよって言ってました」


修造はパンナイフでクロワッサンの頂点から下に向かってカットして断面を見せた。

理想通りの巻きだ。

修造の凛とした表情を見て、これが律子の言う「色んな人が修造のパンを求めて来る」理由なのか。

俺にはわからんがきっとこいつ凄い奴なんだな。

得心がいったのか、厳の表情は少し緩和された。


「お義父さん。俺、父親の事を知らなくて育ったんです。母親も仕事であまり家にいなくて。なので世間ずれしていて、お父さんにどう接していいのかわからなくて、、ドイツから戻ったのに挨拶が遅れてすみませんでした」

修造は頭を下げた。


そうだったのか、なんも喋らん無愛想な奴と思ってたが、孤独な育ち方をしたんだな。。


律子は厳の表情が急に変わったのをつぶさに見ていた。

「あのね、みんな聞いて。私、2人目が出来たの。緑はお姉ちゃんになるのよ」

「ほんと?律子」修造の目が輝いた。

「1番に言わなくてごめんね」

その時、修造と厳は目を見合わせて、お互いの喜びを確認してしていた。

 


 

おわり

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