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パンの職人の修造76 江川と修造シリーズ  Annoying People


有田はホルツやパンロンドと離れている瞬間を狙ってスカウトしに来ていた。

 

「俺、パンロンドで働いてるんです」

「存じております。ですが〜シェフの可能性を拡げる為にもですね、是非弊社で辣腕を奮って頂けたらと思っています」

「すみません、俺、そのうち独立する事は社長にも言ってあるので」

有田は修造の表情が固くなって来たのを見た。

「わかりました。今日はご挨拶に来ただけです。またそのうちに、こちら御目通しを」

と茶色の封筒を渡して頭を下げて立ち去った。

 

修造はその中の紙を見て「えっ」と有田の会社が提示した給料の額を見て声を上げた

 

「統括主任、、月80万!ボーナスはその3倍!」

さっき夕陽に誓いを立てたのにもう金の話なんて気が散るなあ。

もらった紙を丸めてポケットに入れ「緑ごめんね、お待たせ」と言ってお菓子売り場の食玩コーナーをウロウロしていた緑と買い物を済ませて帰った。

 

ーーーー

 

後日、修造と江川はホルツに来ていた。

修造は有田の話を大木にした。

「メリットストーンはお前の目指すパン作りとは違うだろう」

「会社と俺のパン作りを摺り寄せようとしてるんですかね?」

「ま、お前のステイタスが欲しいんだろうよ」

「俺の?」

「独立するとそういう話は無くなるよ」

修造は花を付ける予定の編笠の土台を作りながら「そうですね、どっちにしろ行かないので」と言った。 

そしてパンデコレのあれこれを考えを巡らせながら作っていった。

 

それはこんな風だった。

 

編笠とそれに付ける花を窯に入れてタイマーをセットした。そして留木板金から届いた蝶の抜き型を台の上に伸ばした生地にあてた。留木は応援の意味も込めて生地に付く全ての面を尖らせてスパッと抜ける様に施していた。

「留木さん、良い仕事するな」と呟いた。

蝶の色は青に紫に濃い茶色。「よし、良いのができそうだ」修造はしたり顔をした。

修造が作っている大会のパンデコレは和装の女性だ。

 

1番難しいのは流れる帯の模様の土台の生地に、色違いの生地をピッタリ嵌め込むところ。上手く行くかどうか。

出来るだけ滑らかな曲線を大切にしたい。

修造は大工の様に、嵌め込む生地の膨らみを計算して設計図を作り台紙をその通りにカットした。それを元に生地をカットして焼成後また引っ付けると2色の帯の出来上がりだ。地味だけど案外難しい。

次に土台作り。平らで安定感が大切だし、本体をセットしてぐらつかないようにしないと。

本体と土台はフランスには空港便で送れるのかな?全部の用具も送るのを忘れないようにしないと。他の部品は現地で製作だ。

フランスには食べ物の持ち込みは禁止だ。荷作りの箱を空港で検閲犬にクンクンされて見つかったらはねられてしまうかも。

そんなことを考えながら窯に入れた時江川が話しかけてきた。

「ねぇ修造さん、僕、柚木奥さんに暗記法を教わって随分工程が頭に入ってきました。イメトレもできます」

「そう?じゃ今度から通しでやってみよう。特訓だな」

「はい」

出来るだけ練習しないと頭で覚えただけでは動きが染み付かない。あとはもうギリギリまで何度もやってみることだ。バドミントン選手の様に与えられた場所で2人で入れ替わり立ち替わり自分の作業をして、お互い邪魔にならない様にしなくてはならない。

現場での機械の置き場を大木に教わって動けるように考えた。

 

「江川、虫刺されのあと、治ってきた?あの時は悪かったな。俺集中しちゃってて気が付かなかったんだ」立ち回りを決める時に修造が江川に話しかけた。以前滝に行って修行していた時そばで見ていた江川は沢山の蚊に刺されていたのだ。

「修造さんが精神統一をしに行ってたって途中で気が付きました」

「まあ心と身体を鍛えに行ってたんだよ。集中力は大事だしな」

「僕なら何をやったら良いですか? 座禅?」

「寝る前に呼吸を整えるとか、音楽聞くとか?」滝行を江川にやらせて首がどうかなったら困るのですこぶる優しい方法を薦めた。

 

ーーーー

 

次の日

修造はパンロンドの工場の奥でいつもの様に仕込みをしていた。出来上がった生地をどんどんケースに入れていく。そして計量、ミキサーへそしてケースへ。

その時奥さんがお店から大声をだして「誰か〜配達に行ける人いる?」と聞いてきた。

丁度仕込みの手が空き、次の作業まで時間がある。その間ロールインとか他の者の作業を一緒にする予定だった。

「俺行きますよ。すぐ戻れると思うんで」

「じゃお願いね」

「はい」

修造は奥さんに届け先の住所を聞いてメモした。

「ここって最近毎日注文が入るのよ。昨日は親方、その前は藤岡君が行ってくれたの」

「はい」修造はパンの入った2段のケースを受け取り配達用の軽バン『パンロンド号』に運んだ。

カーナビに住所を入力して出発する。

その時青色の軽自動車が少し離れてこっそり跡をつけていったのを修造は全然気がつかなかった。

 

現場に到着。

閑静な民家の間に配達先の建物がある。

4メートル程の道幅の道路に車を止めて荷物を運んだ。

「ここでいいのか?」

建物の中には誰もいない様だった。

窓の中を見ると、中は何かの調理場の様だが電気も消えてて人はいない。



修造はドアに貼ってあるメモを見つけた。

『パン屋さんへ この建物の裏に回ってください。

5軒のうち真ん中の建物の赤い入り口を開けて入ってください』

と書いてあるので修造はその通りに行った。

空き家っぽい家が並んでいる。

メモの通り真ん中の廃屋の様な家の赤い入り口の横開きのドアを開けて入った。

「あの〜すみませーん」

返事もない。

ここでいいのか?誰もいないのか?と思って2、3歩入ったその時、ケースを持って両手が塞がっている修造の背後から何者かが袋みたいな物を頭に被せた。

「うわ!モガガ!」こんな時でもパン箱を落とすのは嫌だ。地面に置いた時足を掬われ、両手を後ろに縛られて奥の部屋に放り込まれた。

「なんだー⁈」


 
つづく

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