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【コラム】皇室ウォッチ部

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平成の間皇室にまるで興味がなかった30代女性が勉強しながら書く皇室コラム。美智子さま世代の皇室ライター&皇室評論家()さんが撒き散らす記事に辟易してはじめました。
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アリストテレスの弁論術に学ぶ、型破りな超長文でも東大推薦反対署名が飛躍したワケ

8月後半、皇族が推薦入学で国立大学を受験することに反対する趣旨のオンライン署名が1万2500筆の賛同を集めたことは週刊誌を中心に広く報じられたが、あまり知られていないことは、この署名運動は、完全に「文章の力」だけで成し遂げられたもの、という点である。   通常、署名サイトを活用して活動が行われ、注目を集めるものは、記者会見を立ち上げ時に行ったり、メディアの取材をイベントに入れたりとの工夫が凝らされるが、本署名はそういったことは行わず、発起人の名前も、東京大学の卒業生という属性

日本には社会運動の批評家・評論家はいないのだなと思った日 │後編

 アンサー言論がない日本の不思議 (前編からの続き) そう、日本は批評とジャーナリズムが薄い。数年間、漠然と日に日に濃くしてきたその気持ちを一段と濃くしたのが、ある署名運動事件だった。 皇族が東大の推薦入試を利用し、将来の天皇として「特別扱い」で入学することを反対する署名である。 2024年の8月に始まったその署名は、8を超えるメディア(プレジデントオンライン、文春、新潮、Abema Prime、TBS、女性週刊誌等)に取り上げられたため、広く知られることとなった。し

憂鬱、たまに絶望       │前編

ここ2年くらい、もうずっと考えていることがある。日本にまともな評論家はいないんじゃないだろうか(いても絶滅危惧種なんじゃないか)、ということだ。先月亡くなった文芸評論家の福田和也氏は、20年前の著書で、「小説は死んでいないかもしれないけど、日本の批評はもう死んでいる」と言った。その約20年後、故福田氏の『作家の値打ち』のオマージュ『作家の値打ち 令和の超ブックガイド』を書いた小川榮太郎氏は、日本の文壇は小説家と批評家の内輪の馴れ合いで世の中には批評のふりをした売るための宣伝文

紀子さまは国民の気持をわかってない──『ヒーローズジャーニー』から考える、皇族の人望

“秋篠宮家はどうして学歴にそうもこだわるのだろう──”という2023年の記事がある(上皇陛下は潔く学習院を中退したのに!というちょっとおもろい対比つき)。「秋篠宮家」と書くが、どうみても子供のことに興味がなさそうな秋篠宮家の父はほぼ透明人間みたいだし、「紀子さまはなぜそうも学歴にこだわるのか?」という意味で、確かにそれは国民の所感なんじゃなかろうか。 私にはそこに、34年前にさかのぼる気持ちがあるように見える。紀子さんがご結婚された1990年、若い皇族の誕生にメディアは湧き

【検証する】Changeは、ある署名を不当に終了に追い込んだのだろうか?

※この文章を最後まで読むと、署名を復活させ、継続する方法が書かれています。思想や信念の違いに関わらず、どうか最後まで読んだ上でアクションを決めてください。2024.8.28※ この夏最大の個人的関心を集めた事象は、「悠仁様が東大の推薦入試を悪用し、将来の天皇として『特別扱い』で入学されることは、象徴天皇制を根底から揺るがすこととなるため反対します」という署名文だった。署名はある程度端的にわかりやすいものがよいという通説を勢いで覆す形で出た2万字に迫る、もはや「演説文」という

スーパー帰国子女雅子さま水準についていく純ジャパ還暦の天皇陛下は普通にすごい

このタイトルで、いつか書こうと思っていたnote!!!前回noteで、内向きな大人(客観的に日本の現状を認識せず、“選ばれる国ニッポン”の心地よいナラティブと近隣アジア諸国よりも日本は洗練された存在であるという耳障りの良い言葉を流布する大人)こそが、内向きな若者を育てているんじゃー、と書いた。 ところで私は、内向きな大人と、そうではない大人を包含する誰もが知っている日本の組織をひとつ思いつく。皇室である。 外向きな──つまり国際感覚を持ち、ひらけた姿勢を持つ──筆頭格、そ

皇太子時代の天皇家側近は51名で、引退後の上皇側近が65名もいるのなら

2019年に自ら生前退位という幕引きを選んだ上皇さまであるが、たまに見かけてありがたい気持ちになる暇もないほど頻繁にニュースで「お忍び」映像を見かける日々である。「お忍び 上皇」「上皇 私的」とググったところ、なんときっちり2か月感覚でニュースが出てきて、あまりの等間隔さに笑ってしまった。 もちろん「♡」は、私の勝手な装飾である。「!」でもいいかも。 初夏のある夜もまた、上皇夫妻の卒寿を祝う演奏会というものが催され、ファンサービスならぬ国民サービス精神の旺盛な上皇夫妻は、

金で他人に論文を書かせる天皇。秋篠宮家より前にそれを始めた人がいた

秋篠宮家のご長男が(あるいは母である紀子さんが)東大への推薦入学を熱望し、その実績づくりとして悠仁さんが筆頭著者とする共同論文を学者と執筆、今夏に国際学会で発表を行うということに対し、「それってズルじゃね?」「倫理的に許されるの?」と疑問が紛糾しているが、今回に限っては不思議と腹もあまり立たないというのは、秋篠宮家のあまりに醜い所業の数々に呆れる底が抜けてしまっているからだろうか。   それに比べて、令和の天皇皇后両陛下は自己研鑽の大切さを体現してくれるな。と英国訪問でのお姿

クリントン、アウンサンスーチー、雅子さま...?Oxford名誉博士号の歴史とは

2024年6月、令和の皇后雅子さまは、英国訪問の最終日にオックスフォード大学から名誉博士号を授与された。 そのことは、本当に嬉しい。でも宮内庁がどう扱ったか、それがどうメディアに報道されたかは、狐につままれたような気持ち。晴れがましい事実を意図的に最小化したがっているかのように見えるレイヤーと無知な(もしくは無邪気な)媒介レイヤーが掛け合わさり、そのニュースを享受する立場にあるはずの国民はなんだか置いてけぼりな感じ、というか。 真価が正しく社会に伝わっていないたとえば、こ

メディアの形容詞が追いつかない。元留学生が両陛下の親善訪問を独自解説

記憶に新しい英国訪問の最終日、天皇陛下と皇后さまは、母校であるオックスフォード大学を『私的に』訪ねられた。『』をつけているのは、私がそれを、私的とも言われる親密さを兼ね備えた、どう考えてもパーフェクトな公式訪問だったと思っているからだ。 宮内庁およびメディア数社は、主に皇后陛下のされることに「私的」とつけないと死ぬ体質なのか、「私的に」「私的に」「私的に」と連呼するが、国家元首や首相が外遊に行く場合、訪問日程のなかで現地の名門大学に赴くことは、極めて慣例的なことである。

なぜ宮内庁は愛子さまに「ゾッとするほど気が利かない」のか

2019年に自ら生前退位という幕引きを選んだ上皇さまであるが、たまに見かけてありがたい気持ちになる暇もないほど頻繁にニュースで「お忍び」映像を見かける日々である。 昨夜も上皇夫妻の卒寿を祝う演奏会というものが催され、ファンサービスならぬ国民サービス精神に余念のない上皇夫妻は、総勢何名いたのだろうと思うくらいの日本のメディアオールスターの取材を許可してくださったようだ。 ところで、愛子さまが成年皇族となられてから皇族総出でお出ましになるたびネットで紛糾するのが、「並び順」「

空調万全という英王室のクローズド型最新馬車のが安全だったんじゃ?

天皇陛下の即位の一連の儀式で、雅子さまは『馬アレルギー』のため伊勢神宮内宮へ向かう儀装馬車に同乗できず、一人後続の自動車に乗られたことはうっすら覚えている人もいるようないないような。一部国民は、英王室でのパレードはどうするのだろう?と固唾を飲んで見守っていたわけだが、その結果はなんと、オープンの馬車にすっぽりマスクという一瞬「?」となる出で立ちで、あの場所でマスクはないんじゃないかとか、またそれを批判するなんてアレルギーに理解がない、雅子さまの決死の覚悟を理解しろ!なんて珍妙

国賓への礼砲数は国際儀礼上は21発。「41発」は日本外交史上「初」ではないのか?

礼砲41発の意味を報じないメディアの謎両陛下の国賓としての英国訪問(2024)は、ロングボトム駐日英大使が訪英前の記者会見にて「最上級のおもてなしを用意している」と語った通り、礼砲41発に始まる歓迎式典を受けたが、この事実は、国内メディアでは大変にさらりとしたものだった。   直接的に言えば、「礼砲41発」の意味を丁寧に説明したメディアはどこにもなかったということだ。 礼砲とは、外国の港に入る際、戦う意思はなく平和に敬意を表し、大砲が空であることを示すために15世紀にはじま