見出し画像

教科書との付き合い方が難しい、子育て。

子育てと教科書

子育てって、本当に面白い。
いや、「子供たちが幸せに暮らしてくれることこそ私の生きがい!」とかそういうキラキラした意味ではなく、interestingであるという意味で。

「こんな時はどうしたらいいんだろう」
「こうやったらうまくいくかなぁ」
そんな風に悩んで、試行錯誤を繰り返して、何とか一日一日を乗り切っているわけですが、これがまぁ思い通りにならない。

育児書や先輩ママさんのアドバイス通りに実行して、うまくハマることだってもちろんあるけれど、「ほんまにこれでうまくいく人いるん?」てくらい我が子にはしっくりこないことも数知れず。

よくよく考えてみれば、自分だって好きなこと・嫌いなことが人とは違っているのだから、子供にも同じことが言えるわけで。
ただそれが、最初の頃って本当に分からなかったんですよね。

「9か月の子供はおかゆを70g食べるって書いてあるのに…今日スプーン二杯しか食べてない。そんなにまずいんかな…」
「もうすぐ二歳なのにいつも一人で遊んでばっかりで友達と遊ぼうとしない…引きこもり気質?泣」

今思えば「そんなちっちゃいことで~」と笑えるような悩みですが、当時はそんな風に思えず、常に心の中にモヤモヤを抱えていた気がします。

「こうあるべき」が透けて見える集団検診の罠

私が思うに、こういう悩みが発生しがちな原因の一つが集団検診。
ほぼ同じ月齢の子供が一同に集められ、同じ項目の検査を受けるので、嫌でも『平均』を意識させられます。

自分の子供とだけ接していた時は気づかないでいられた、
「あなたの子供は平均より出来ています」
「あなたの子供は平均より出来ていません」
を目の前につきつけられる感じ。

もちろん、発育の過程を平均モデルと比較することによって
発達障害などの特徴に気づけたり、発育バランスの状態を見られるので
悪いことばかりではない(むしろ必要なこと)です。

大事なのは、「できていない」評価を受けたポイントばかりに注目しないこと。

保健師さんの話をじっと座って聞くことができない子供は、
お外でとっても元気に遊んだり、自分の意見をはっきり伝えられる子です。

お母さんのそばを離れられずに、知らない人が近づくと泣き喚く子は、
お母さんの笑顔が大好きで、お母さんのために木の実を集めたり、お手伝いしようとしてくれます。

積み木を高く高く積むことができない子は、
積み木を並べて電車みたいにしたり、積み木のごはんを食べようとするかもしれないですね。


上手じゃないことの裏側に、その子の素敵なところ、大切なところが必ずあると思います。

子供たちが大きくなれば、家以外の場所では成績だったり行動だったりで他人に評価されることが多くなってくるのだから
家で過ごす時間が長い幼少期くらい、とことん「その子のいいところ」に注目して接してあげてもいいんじゃないかなぁと思うのです。

情報地獄にご注意

先にあげた集団検診もしかり、最近はスマホでいくらでも検索ができてしまうので、他の子どもと自分の子どもを比べるのが容易な時代。

ついつい、出来ていないところにばかり目がいきがちですが
テレビやスマホをそっと横において、自分の子どもをしっかり見てあげることを意識していきたいです。


記事だけでなく、こんなところまで目を通して頂いてありがとうございます^^ 普段は肝っ玉母さんを演じていますが、こんなわたしをサポートして頂ける方の前ではごろにゃん甘えたい欲望が抑えきれません(:Д:) 何よりも、応援したいと思ってくださったそのお気持ちに感謝いたします