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クリスマス

この地域には煙突のある家がない。
そもそも一軒家が少ないため、プレゼントを届けるのに一苦労だった。

この家は特に入りにくかった。
唯一鍵の開いていた台所の窓は、外側に柵が取り付けられていて、とても入れそうにない。正面の郵便受けにはガムテープが何重に貼られていて、そこはかとなく排他的な雰囲気が漂っていた。
正味入る手立てがなく、ただ、だからといってこの家を諦めることはあり得なかった。
クリスマスに夢を見る子どもたちにとって、私が抱えるそうした事情は一切関係があってはならないと思っているからだ。
それは今、扉の向こうで寝息を立てている子にも等しく言えることだと思う。

こうしてただ軒先で立っているわけにもいかず、私はコツコツと静かにドアをノックした。
すると足音がまっすぐ近づいてきて、ドアノブがカチャリと回った。
ドアの隙間から顔を出した母親らしき女性にメリークリスマスと挨拶したが何も返答はなく、
彼女は少し驚いたような表情を浮かべていた。
たしかに、サンタクロースがドアを叩いてやってくるなどおかしな話だ。私は趣に欠けた行動だったことを謝ったが、彼女はなお呆然としていたので、ひとまず中へ入らせてもらった。
玄関を上がるとすぐダイニングスペースになっており、その奥にあるリビングで小さい子が一人寝ているようだった。私が袋の中にガサゴソと手を入れながらその子の枕元へ歩いていくと、背後から粟立つような金切り声が響いた。「すみません!!」と彼女が声を上げた瞬間、私は彼女の方を振り返り、そしてすぐに前を見直した。よかった。まだ起きていない。
「静かに。そんなに大きい声を出したら起きてしまう」
「警察呼びますよ!!」
私の制する声を顧みず、彼女はさっきよりも騒がしい声で叫んだ。
「寝ている間にやってくるから、サンタクロースは特別なんですよ」
「出てって!!」
彼女はひどく興奮していて、いつ子どもが起きてもおかしくなかった。
「とにかく、こっちにプレゼントを置いていきますから、落ち着いてください」
「やめて!やめて!」
女は私が布団に近づくのをやけに嫌っているようで、私は仕方なく踵を返した。
「でしたらあなたが受け取って。枕元に置いてあげてください。メリークリスマス」
私の言葉を遮るように、女は私からプレゼントを奪い取ると、玄関の方へ思い切り放り投げた。
「出ていってください!出ていってください!」
私を睨んだ女の瞳が大きく揺れているのが見える。
私はその瞳が揺れるのを見たとき、自分の持つ勇気や優しさを真正面から否定された気がして、それ以上何か言うことができなくなってしまった。

家に帰る途中、私はふと、サンタクロースなんていないのかもしれないと考えた。
またしばらく歩き、ポリエステル製のつけ髭が痒かったことを思い出した。


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