“自分語り”のススメ
ぐるるインタビュー
エリザベス(リサ)リャンさん
by 古家 淳
インタビューは英語で行い、翻訳・構成は古家が担当しました。
英語版はこちら
写真提供:Elizabeth Liang in Alien Citizen: An Earth Odyssey,
©️HapaLis Prods.
Alien Citizen—An Earth Odyssey
というタイトルの作品がある。脚本と主演を兼ねるリサ・リャンによる自分語りの一人芝居を映像化したもの。冒頭、舞台に登場するリサに、いきなり「あなたはナニ人?」と問う声が降ってくる。リサは中国系グアテマラ人の父親とアイルランドなどヨーロッパの血が混ざったアメリカ人の母親の間に生まれ、父親の海外駐在に伴って世界各国を転々としながら育ってきたのだ・・・・・・。リサはこの問いに答えようと、自らの生い立ちを語りはじめる。陽気なラテン気質が町にあふれる中米グアテマラで過ごした子ども時代。北アフリカでイスラム圏に住む少女としての困難にも直面した思春期。「母国」であるはずのアメリカに大学生として戻っても、やはり「ヨソモノ」として扱われる・・・・・・。
何度も何度も繰り返された国際的な引っ越しによって培われた生き方のクセや、言語や文化の壁への向き合い方の中で、彼女はつねに自分に問い直してきた。「私のふるさとはどこ? 私はいったい何者?」リサの自問自答はときに痛切で、ときにユーモラス。そして彼女が作品の最後に提示する「答え」はじつに爽快で感動的だ。
作品の源流
最初は大学生のときに先生から一人芝居をやってみたらどうかと言われた。
その後ウェズリアン大学で開かれた5,000 Women Festivalというイベントに呼ばれた際に12分の台本を仕上げ、さらにエピソードを積み上げていった。彼女は当時30代。俳優としてのキャリアを重ねる中で、自身のアイデンティティや周囲との摩擦で苦しむ女性の役を演じると、自分の心に響くものがあった。リサはますます彼女自身の経験を表現する必要を感じたのだと言う。
「もういい加減、『出身は中西部ですか?』と聞かれるのがイヤになっていたんです。中西部に住んだことがないどころか、アメリカで育ったわけでもない。でも表向きはあまりにもアメリカ人になりきっていたんでしょうね。私が『モロッコにも住んでいました』と言うとみんな虚を突かれて思考停止におちいってしまう。そういうのがイヤであまり自分から言わないようにしていましたけど、本当の自分を知ってもらう必要を感じるようになっていました。できるだけきちんと自分のストーリーを伝えなければならない、と」
一人芝居としての初演は2013年にロサンゼルスで行われた。そのとき、「無名の俳優による一人芝居」だから観客は5人ぐらいだろうとリサは予想していたと言う。しかしフタを開けてみると客席には20数人もの人々がリサの登場を待っていた。何年もかけて台本を練り上げ、1カ月半に及ぶ演出家とのリハーサルで磨いてきた演技だが、彼女は「まるでヘッドライトを浴びた野生のシカ」のように怯えてしまったと語る。「だってやっぱり自分の話を語るのは恐ろしくて」
温かく彼女を支えるような観客の視線が救いになった。最初の週末2公演が終わったときには、「もうこれで終わりにしてもいいんだ」と思ったそうだ。自分の伝えるべきことは語ったし、それはきっと伝わったし、観客は素晴らしかったし、もう2度とこれを繰り返す必要はない、私はするべきことをした、という感慨だった。
ところが公演のスケジュールはあと4週間も残っていた。彼女は「ここからが演劇だ」と考えた。それまでの俳優としての経験や訓練を総動員し、優れた語り手として舞台に立つことを心がけた。
「自分をさらけ出すことは乗り越えた。ここからは俳優としての試練」ということである。
心のトゲを抜く
ニューヨークでの公演では、卒業以来の再会となる高校時代の旧友が最前列で見てくれた。その彼女は、芝居が進むにつれて大笑いしたり泣き出したり・・・・・・しまいには周囲が気にするぐらいの声を上げて泣いていたそうだ。
「この舞台を見て人が泣くとは想像していませんでした。楽しくて面白くて、感動的で興味をひいて、見る人の心に何かが伝わるものであったらいいなとは思っていました。でも実際には旧友の彼女ばかりでなく、多くの人が涙ぐんでいるんです。孤独だったこと、疎外されてきたこと、言いたいことも言えず周囲に合わせて波風を立てず、そんなつらさを抱えて生きていた日々。終演近くには、そうして食い込んでしまった心のトゲを抜くシーンがあります。観客のかたがたも、それぞれの過去が解き放たれたから泣くんです」
旧友の女性は「自分でも知らずに求めていたカタルシスを与えてもらった」と言ってくれたそうだ。
その後、この舞台公演は全米各地の大学をツアーし、世界各地のインターナショナルスクールや大使館、それに異文化理解関係の学会なども回ることになった。しかし、どうしても公演を見られない人もいる。そこで映像化してDVDで販売、さらにいまでは40カ国ほどでストリーミング配信が行われるようになった。大学などでは演劇学科ばかりでなく文化人類学科や心理学科の教材として、またインターナショナルスクールではカウンセリングツールとしても使われているそうだ。
多文化の中で育った人々が「自分語り」をする意味
<このブロックの一部をインタビューのオリジナル映像(日本語字幕入り)でご覧いただけます。ここをクリック。>
TCKをはじめとして多文化の中で育ってきた人々の多くが共通して経験するのは、排除されたり疎外されたりする中で、自分が変であったり普通でないと感じたり、周囲に合わせ、適応し、同化していくことが必要だと感じることだろう。あるいは、あえて目立つことを選ぶ場合もあるかもしれない。いずれにしても自分のバックグラウンドを話すことは面倒な会話を招く。
しかしリサは「そういった自分の経験を語って人々と共有することによって、思いがけないほど多くの人に共感してもらえることがあるんです」と語る。
「自分だけの独特のバックグラウンドや体験から生まれたワクワクするような冒険や苦しみ、悲しみ、喜びや混乱、そういうものを語れば、それはほかの人にも伝わるんです。なぜなら経験は一人ひとり異なっていても、感情は同じ。人はみんなそれぞれに恐怖や怒り、喜び、混乱、初恋、驚きなど、それこそここで並べきれないほどさまざまな感情を体験してきているからです。そしてそれは、みんなの共感を呼ぶんです」
みんな人としての感情を持った人間なのだ。Alien Citizenのファンの中には、アメリカの主流文化の中心にいるような白人男性もいるそうだ。
「そういう人も、何かしらの意味で自分がみんなとズレていると思うような部分を持っているのかもしれませんね。たとえば子ども時代をふり返れば、誰でもいろいろと悩んだことがあるはずです。いじめられたり、あるいはいじめてしまったことの罪を感じていたり。思春期ともなれば、仲間に入れてもらえるかもらえないか、格好よく素敵に思われているかどうかがいちばんの関心事にもなります。そういう時期に経験した感情を思い出すんでしょう」
自分語りのコツは、どれだけ個別で具体的な話を伝えるか。一般的な話では伝わらない。
「矛盾するようですが、個別のものほど普遍的に伝わり、理解されるというのが真実です。だからできるだけ具体的に詳しく。そうすれば、背後にある感情が伝わり、あなたの物語をわかってくれるだけでなく、あなた自身のことを理解してくれるでしょう」
リサは、パラシュートをつけて飛行機から飛び降りるという例を挙げてくれた。
「私はやったことがありませんが、誰かがちゃんと具体的に教えてくれたら、私もきっとその人と一緒に飛び降りる経験をしたような気持ちになるでしょう。パラシュートを背負うとき、開いた扉から外の光景を見たとき、そして飛び出したときの思いを語ってくれたら、私もその人と一緒にいるような気持ちになれますよね?」
怖いことと言ってもいいし無謀なことと言ってもいいが、そういうもののいくつかは誰しも何かしら経験してきている。だからパラシュートで降下した経験はなくても冒険をするときの気分を感じることはできる。
「異文化を越境する物語も同じです。誰にでも通じるんです。だから最初は5分間だけ信頼できる友達だけに話すのでもいいでしょう。文字で書いてSNSで仲間だけに読んでもらうのでもいいでしょう。でも、自分の物語を自分に正直に、何が起こったかだけではなく、そのときに何をどのように感じていたかもを含めて語れば、想像もしていなかった相手にだって共感してもらえます。私たちは自分で思っている以上に気持ちを共有できるんです。それが、私がAlien Citizenという作品で学んだこと。だからこそ、みんなにも自分を語りはじめてほしいと思うんです」
自分がほかの人とはまったく異なる経験をしてきた「異人(alien)」だと思い込んでしまいがちだからこそ、「自分はひとりではない、仲間がいるんだ」と感じることが必要だ。そしてそのために、自分がいちばん恐れていたことかも知れないが「自分の物語を語ること」が役に立つ。
「たしかに怖いと感じることもあります。でも自分語りのいいところは、いつ、何を、誰に、どのように語るか、語る人がすべてを決められることです。話したくないことは話さなくてもいいし、すべてをさらけ出す必要もありません。自分を暴くのではなく、自分を表現するんです。決めるのはすべてあなた。その権利も自由もあなただけのものです。あなたの物語という国の王様はあなただから」
リサは自分語りを行うためのワークショップも開いている。興味があれば、こちらをクリックしていただきたい。
追記:このインタビューを行ったあと、リサが日本を訪れることになり、2024年1月31日に東京でワークショップを開催することができました。このときのリサの訪日記をこちらにアップしました。ぜひ合わせてお読みください。
“ホーム”を探し求めて
リサは、一人芝居の第二作を考えているそうだ。
「Alien Citizenの続編ではありませんが、自分の『ホーム』についての物語です。グアテマラの田舎に生まれ育った私にとって間違いなくホームであったものが、徐々に失われていくような話。いまでもグアテマラには親戚が住んでいて、そのうち再訪しなければならないと思っていますが、かつてのように『ここが私のホームだ』と簡単には言えないような気もします。やはり越境して生きてきた自分の話ですね」
成人してからずっと「信じがたいほど長く」ロサンゼルスに住んできたリサにとって、いま住んでいる家やその近所はいつの間にか「ホーム」になっていた。だがほかの人がそれぞれ「自分のホーム」と呼ぶものとは違う感覚のような気もする。
あえて「リサ、あなたにとっていま、ホームとは?」と尋ねてみると、
「夫のいるところ」と返ってきた。
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