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南田登喜子:全国一律の最低賃金、 初の20豪ドル台に オンブズマンが遵守に目を光らせる

GP会報_南田登喜子_ Aug 2021_FWO-SandraParker

(写真)フェア・ワーク・オンブズマンのサンドラ・パーカー氏。ファエな社会実現の一翼を担う

正規労働者の最低賃金よりも
勤務時問が不規則な非正規の方が高い

オーストラリアのフェア・ワーク委員会=Fair Work Commissionが、今年度の最低賃金を2.5%引き上げる、と発表。これにより、21歳以上の正規労働者の最低賃金は、時給20.33豪ドル(約1708円)となり、初めて20豪ドル台に乗った。所定勤務時間数の少ないパートタイム労働者も、最低時給は同額である。

一方、「カジュアル」と呼ばれる勤務時間が不規則な非正規労働者の最低時給は、25.41豪ドル(約2134円)になった。正規労働者より25%高く設定されているのは、有給休暇や病欠等の権利がなく、最低通知期間なしに解雇される可能性がある等、不安定な立場にある代償として、賃金を上乗せして付与する「カジュアル・ローディング」と呼ばれる制度があるからだ。

最低賃金は、フェア・ワーク法(Fair Work Act 2009)に基づき、独立機関であるフェア・ワーク委員会が毎年見直して、6月半ば頃までに「全国最低賃金命令=National Minimum Wage Order」として発表し、新年度の始まる7月から反映する決まりになっている。委員会メンバーや専門家・有識者で構成される最低賃金パネルは、例年3月から6月にかけて、意見書を受け付け、最新の経済状況や社会情勢に関するリサーチを行った上で、適正な引き上げ率を決定すると同時に、関係各方面からの意見や結論に至る根拠をすべて公開する。

今年度は、連邦政府や州政府のほとんどが、コロナ禍で先行き不透明であるとして、具体的な数値に言及することなく、慎重な判断を求めたのに対し、労働組合は3.5%の引き上げを訴え、主要な経営者団体はインフレ率と同じ1.1%を上限にするのが妥当と主張していた。フェア・ワーク委員会は、「予想されたよりも順調に景気回復が進んでいる、というのが共通認識」と総括しつつも、特別措置として、コロナ打撃から立ち直っていない観光、航空、飲食等の業界は4ヵ月遅れの11月から、小売業界は2ヵ月遅れの9月からの適用とすることを発表した。

基本的に毎年物価が上がるオーストラリアでは、賃金も上がるのが当たり前……と労使双方が受けとめているが、さすがに昨年度は、財界団体のオーストラリア産業グループ=AIGが30年ぶりに最低賃金の引き上げに反対した。結果的に、引き上げ率は1.75%に留まり、通常通り7月から適用されたのは、医療業界や社会福祉関係者、教師など「エッセンシャルワーカー」のみ。観光、航空、旅行、飲食、小売、娯楽等の業界に関しては、7カ月遅れの2月まで実施を先送りし、それ以外の大半の業種は9月からの適用となった。

毎年OECD(経済協力開発機構)が発表する主要国の最低賃金を購買力平価で換算した「実質最低賃金=real minimum wage」を見ると、オーストラリアは過去7年に渡りトップ3を維持している。賃金の持つ本来の値打ちを示す実質最低賃金が高いのは、オーストラリアの最低賃金が、「生活できるギリギリ」を少なからず上回る水準で推移してきたことが、理由の1つとして挙げられるだろう。

基本、企業は 「支払い能力」に関係なく 
公平かつ合理的な賃金を労 働者に支払う

週38時間労働を基本とするフルタイム労働者の最低週給は、今年度から772.60豪ドル(約6万4900円)となった。一方、失業給付の「ジョブシーカー」は、今年3月の改定により、子どもがいない独身者の場合、1週間当たり310.40豪ドル(約2万6100円)に引き上げられた。失業給付額がライフラインとして機能しているかどうかはさておくとして、その差は約2.5倍。労働から得られる収入の方がずっと多い。もっともオーストラリアでは、条件を満たせば、求職期間中は無期限で失業給付が支給されるため、同じような金額では、働く意欲が薄れてしまうという事情もある。

最低賃金の概念を形成するのに大きな影響を与えたのは、1907年の「ハーベスタ判決」だ。法律家・政治家出身のヘンリー・バーンズ・ヒギンズ判事は、企業は「支払い能力」に関係なく、公平かつ合理的な賃金を労働者に支払う義務があるとし、本人と妻及び3人の子どもが「文化的な社会に生きる」ための生活資金を算出して、男性非熟練労働者の基本給とした。時は流れ、男性労働者が家族を養うという前提はなくなって、企業の支払い能力についても勘案される制度が構築されたが、公平さを求める労働者の権利意識は強いまま。人件費の高さは、経営上の大きな課題となっている。

最低賃金は法的拘束力を持つが、誰もが守るとは限らない。とりわけ問題視されているのは、英語力の低い外国人労働者の多い職場である。労働関連法の遵守を促進する役割を担うフェア・ワーク・オンブズマン=FWOは、日本語を含む31カ国語で労働者の権利に関する情報をウェブサイトで公開し、無料でアドバイスしたり、苦情や報告を受け付けたりしている。監督官は、職場に立ち入る権限や記録の開示を要求する権限を持っており、職場関連法が守られていない場合は、強制的に実行させる。活発な取り組みを通じ、2019-20年度は、合計約1憶2300万豪ドル(約103憶3200万円)の賃金が、2万5000人以上の労働者に支払われた。

オンブズマンは、労働者に代わって訴訟を起こすこともある。昨年判決が出たフランチャイズの持ち帰り寿司店のケースでは、罰金総額が89万1000豪ドル(約7480万円)になり、過去最高と報道された。内訳は企業に対する60万豪ドル(約5040万円)に加え、経営者2人に対しそれぞれ8万5000豪ドル(約714万円)で、残りは給与担当のスタッフ3人に対するものだった。3店舗で100人近くいた労働者の大半は、韓国人・日本人の若者だったらしい。追加で払うよう命じられた賃金の総額約70万豪ドル(約5880万円)は、全額支払い済ながら、帰国した者については、本人に連絡が取れるまでオンブズマンが管理する口座で預かるという扱いになった。

別の飲食店のケースでは、雇用主に対する罰金に加え、違法性を認識していたとして、給与計算サービスを提供していた会計事務所にも5万豪ドル(約420万円)を超える罰金が科された。直接の雇用主のみならず、外部の関係者にも法的責任が及ぶとした裁判所の判断は画期的で、改めて最低賃金遵守の徹底を促す社会への強烈なメッセージとなった。

ニューリーダー 2021年8月号掲載
<世界総覧>~世界はどう動いているのか~
「オーストラリアが教えてくれること」

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