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市営バスを無料にするとどうなる?

イギリスでは高齢者がバスなどの公共交通機関に無料で乗車できるパスがあります。例えばロンドン住民は60歳になったらバスや地下鉄などに無料で乗れるのです。イギリスでバスに乗ると高齢者が多いなと感じるのはこのためかもしれません。

けれども、おばあちゃんになるまで待たなくてもバスに無料で乗れる街もあるんです。

エストニアのタリンから始まった

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ヨーロッパの小国エストニアの首都タリンは人口42万人ほどの街ですが、画期的な試みを始めたところです。2013年にヨーロッパの首都で初めてバス、トラム、トロリーバスといった公共交通機関の運賃を無料にしたのです。

タリンでは市民を対象にこの無料サービスを提供しています。グリーンカードを2ユーロで購入することで、市民はいつでもどこでも市内の公共交通機関を無料で利用できるのです。

タリンの試みに続き、世界中様々な街で同様のサービスを導入するところが表れています。その一つ、フランスのダンケルクでは2018年の9月にバスを無料にしました。この取り組みはどのような効果を生んだのでしょうか。

フランスのダンケルク

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フランス北部にあるダンケルクは人口約9万人の湾岸都市。戦後に、石油や製鉄業などで栄えてきた地方都市で、現在も沿岸に大規模な風力発電所などを備えています。

ダンケルクはヨーロッパの他の地方都市と同様に、自家用車を利用する人が多く、公共交通機関の利用者は低迷していました。自家用車保有率は高く、住民の2/3が移動にマイカーを使っていたのです。

公共交通機関であるバスを使うのは車を持たない高齢者、学生、低所得者などに限られていました。

無料バスサービス導入前の市内の移動手段の割合は下記の通りでした。

自動車  65%
徒歩    29%
バス    5%
自転車   1%

このように、バスを無料化にする前は交通手段としては自家用車を使う人が多かったのです。バスの利用者は5%と少なかったため、バスはがら空き状態のこともありました。

このため、ダンケルク市内でバスサービスを提供する年間コスト4700万ユーロのうち、バス運賃からの収入は10%しかありませんでした。それ以外のコストは60%を企業に課す事業税、30%は市の予算でまかなっていました。

新しいバスサービス

ダンケルクでは「グリーン」な街づくりを目標に、2018年9月1日から市内中心部でバス運賃を無料化するサービスを導入しました。

新しいバスサービスは運賃を無料にしただけではありません。これまでは利用者が少なかったため、まばらだったバスサービスネットワークも拡充されました。

ダンケルクと近郊の街をつなぐバスネットワークが開設され、バスの数は100から140台に増えました。そして、ナチュラルガスを利用したグリーンなバスも導入されました。

主要ルートには10分おきに5本の快速バスを運行。ほかにも、12本のルートでサービスを提供することで市民の利便をはかりました。

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このおかげで、これまで移動手段にマイカーを使っていた住民の多くがバスを利用するようになりました。

バス利用者の増加

バス運賃が無料になり、サービスネットワークも拡充したことでバスの利用客は大幅に増えました。ルートによっては、50%から80%も乗客数が増えたのです。バス利用者は平均すると平日で約60%増し、週末は利用率が2倍以上になりました。

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バス利用者2000人を対象にした調査では、半数が以前より多くバスに乗っていると答えました。また、新たにバスを使うようになった人の48%が車の代わりにバスを定期的に利用していると答えました。

回答者の約5%はバスを利用するようになったことで、自家用車を売ったり2台目の車の購入することをやめたと語っています。

車の利用が減った

以前はバスを使う人は高齢者や若者、低所得者など車を持たない、または持てない人だけでした。けれどもバスが無料になってからは様々な人が利用するようになりました。

車の運転をしなくていい、ガソリン代を払わなくてもいい、交通渋滞にまきこまれることがない、駐車料金を払ったり駐車場探しをする必要もないなどの理由で、通勤やショッピングなどの移動のために車よりバスを選ぶ人が増えました。

運転免許を取るつもりだった若者が、バスでどこにでも行けるため、車も免許も必要ないという結論に至ったという話もあります。

このように車を運転する人が減ったことで市内全体の交通量も減り、交通渋滞が緩和され、CO2排出量が削減されるという効果もありました。市の「グリーンな街にする」という目標が達成されたのです。

人々に自由をもたらした

ダンケルク都心部には労働者階級や低所得者層の人が多く暮らしています。バス代を心配することがなく移動できることはこれらの人々にとって大きなメリットがあります。

無料バス制度が導入されたおかげで、このような人々が仕事を見つけたり、友人や親せきを訪問したり、街のイベントや文化活動などに参加する機会も増えました。

また、調査したバス利用者のうち33%が以前には全く行ったことがなかった場所をバスで訪れる機会が増えたとも答えています。

車に乗らない学生やお年寄りにとっても同様です。交通費を気にすることなく気軽にバスを利用できるため、外出の機会が増えたという高齢者が多く、結果的に精神的にも肉体的にも健康なライフスタイルを送ることができるようになったのです。

また、ダンケルクの無料バスは市民だけでなく訪問者にも適用されるため、市外からもダンケルクへ来る人が増えました。ダンケルクに来ると誰でも無料バスに乗って、ビーチや博物館、城塞などの観光スポット、タウンセンターから郊外まで行くことができるのです。

ダンケルクはフランスとベルギーの国境にも近いのですが、ベルギーの鉄道駅へも無料バスのルートがあり、そこから30分でダンケルクの中心街に行くことができます。

このように、バスの無料化によって利用者が増えただけではなく、住民の生活や自由度、観光客の利便性まで変わったのです。無料化による恩恵は住民や訪問者、すべての人々に自由と解放をもたらす結果となりました。

バス無料のコスト負担は?

バスを無料にするのはいいのですが、そのコストは誰が負担しているのかが気になりますね。自治体の予算を圧迫しないのでしょうか。

前述したとおり、ダンケルクでは無料化の前、バス運賃からの収入は10%しかありませんでした。その10%は事業税に上乗せすることでまかなうことにしました。事業税は従業員が11人以上いる企業が支払うことになっています。

なので、無料バスにしたことで市に余計な負担はかかっていないのです。

パリも導入を試みたが

ダンケルクの試みに興味を示したパリ市長は去年ダンケルクを訪問し、無料バスの乗車体験をして、同じような制度の導入を検討しました。けれども、パリではバスの運賃収入がコストの半分を占めるため、すべての乗客を対象に無料にすることは難しいという結論に達しました。

それで、パリでは無料バスシステムを部分的に導入しました。運賃が無料だった子供の年齢を11歳未満まで引き上げ、ハンディキャップのある20歳未満の若者にも無料にしたのです。それまでバス運賃が無料だったのは、子どもと月収2000ユーロ未満の高齢者のみでした。

パリのような都会はダンケルクのような地方の街と違って、自家用車保有率がもともと低いという背景もあります。このため、バスを無料にすることで増える利用者は車を使っていた人というよりは、徒歩や自転車で移動していた人になるだろうと想像されます。なのでパリの場合は、バスを無料にしても自家用車の利用を減らすという目的は達成されないだろうと推測されるのです。

他の都市での試み

バスをはじめとする公共交通機関を無料にする試みは部分的には世界の様々な街で導入されています。

2017年の調査によると、無料公共交通サービスを行っている街は世界中に99ありました。ヨーロッパに57、北米に27、南米に11、中国に3、オーストラリアに1か所です。それらはすべてダンケルクより小規模な街であり、時間、ルート、対象客など何らかの制限をもうけています。

中国のChangningでは2008年からバスが無料になり、乗客数が60%増えたという報告があります。

どういう街にメリットがあるのか

公共交通機関の無料化による恩恵はそれぞれの街の環境によってさまざまです。ただバスを無料化しても街の在り方そのものが車中心に作られていたらダンケルクほどのメリットは得られないでしょう。

たとえば、郊外にショッピングモールを作ったり、ロードサイド型の店舗があちこちに点在するような街のデザインの場合、自家用車がないとアクセスが難しくなります。

これに対し、タウンセンター(中心市街地)に職場や店舗、サービス業、飲食店、公共サービスなどの多様な機能をまとめ、郊外の住宅街から住民がタウンセンターにバスで通うような街にすると、公共交通機関を中心とした移動方法が便利になります。

そしてそのような街は、学生や高齢者を含むすべての人がアクセスできる、民主的で多様性のある、活気あふれた街になるでしょう。

いつも読んでもらってありがとうございます。