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流動する、家族との距離

実家の和室で目覚める。両親はすでに起きていた。8時に、仕事に行く父を母と玄関口で見送る。滅多に実家で過ごさないからこそ、そういうことをちゃんとやった方がいいような気がする。

母とのんびり朝食を食べて、洗面所を譲り合って化粧をして、川崎大師に出かけた。母は今年還暦、私は33歳でそれぞれ厄年なのでお祓いをしてもらうのだ。大学受験の数ヶ月前に、滅多に怪我をしない私が救急車に乗るような怪我をして、そういえば今年厄年だねという話になったとき、父が「だからお祓い行っとけって言ったのになあ」的なことを言い出して(そんな忠告を聞いた覚えはない)、両親が大げんかになったので、それ以来厄祓いは欠かさないようにしている。厄年がどうのお祓いがどうのと言っていると、他人に非科学的とかスピってるとか揶揄されることもあるけれど、私の身に何かあったときに「あのときお祓いに行っておけば」と後悔する両親を見なくてすむなら、私はいくらでもスピる。お祓いさえしておけば何かあったときに「お祓いしていたからこの程度の災難で済んだ」と思えるのだ。
つつがなくお祓いを終えて、お札をいただく。モヤさまに出ていた参道の胡麻屋さんで、母が金胡麻とオニオンスープの素と胡麻スイーツを買ってくれた。胡麻は健康にいいらしいから毎日食べよう。自炊できていないけれど、胡麻は加熱しなくていいからいける気がする。

その後、母のブラックフォーマル服を選びに日本橋の高島屋へ。5月に母方の法事があるのでその前に新調したかったそうだ。この高島屋には先週ふしぎちゃんと来たばかりなので、勝手が少しわかっていてよかった。
ブラックフォーマルは色も形もどれも同じように見えるのに、着ると明確に似合う似合わないが分かれるから不思議だ。私は横から、あれこれ好き勝手に思ったことを言う。母は3着試着して、予算内で似合うものを選べたのでよかった。
高島屋四階のハタケカフェで遅めの昼食。ここに来るのも二週連続だ。ランチプレートの野菜がどれも美味しい。トマトがびっくりするくらい甘かった。

恐る恐る、歯科治療に高額がかかる話をして、母が私のために貯めていた貯金をこのタイミングでもらえないか聞いてみた。
元々は私の結婚資金として少しずつ貯めてくれていたお金らしく、数年前、元夫と結婚するときにその存在を知らされた。しかし、結婚式にそれほどお金をかけなかったので、当時は「必要ない」と言ってしまった。自分たちで全部やる代わりに口を出さないでくれという気持ちもあった。あの頃は父との確執もあって、実家からかなり距離を置いていた。母と2人で出かけることもほとんどなかった。そうしてそれぞれの家を振り切るように結婚した元夫と私は、個々の問題も夫婦の問題も自分一人で抱え込んで、相手を思いやる余裕もなくてゆっくりと共倒れていった。

このタイミングで貯金を譲り受けることを、母が快く了承してくれてありがたい。「あんたは人より食べるのが好きなんだから、年取ってもおいしくご飯が食べられるように歯はちゃんとしときなさいね」と言われた。普段、自立して一人で生きているみたいな顔をしているくせに、こんなときだけ都合よく親を頼るのは恥ずかしくて、治療費が高額で困っているとなかなか言い出せなかった。けれど、困ったときに誰かに助けを求めるのは決して恥ずかしいことではないのだと思う。頑張れば一人でなんとかできそうなことも、別に一人でなんとかしなければいけないわけではないのだ。離婚して転職してから、少しずつそれがわかってきた。助けてほしいと声を上げるのはいつも緊張するけれど。

帰宅して、岸政彦『図書室』後編のエッセイを読み、続けて山崎ナオコーラ『美しい距離』を最後まで読んだ。がんで入院中の妻の病院に通って看病する夫の視点で書かれた小説だが、登場する人々の名前も病気の正式名称や詳細も明かされない。描かれるのは、妻や夫と、病室を訪れる人たちとの関係性だ。夫はしばしば、妻の病室を訪れる人たちに対して様々な思いを持つ。けれど、その思いをそのまま相手にぶつけることをせず、相手の事情や、妻とその人の関係性を慮る。妻に対しても同じだ。自分が妻にしてあげたいと思うことを妻に押し付けてしまわないよう、細心の注意を払っている。妻の意志や仕事、そして妻が築いてきた人間関係を尊重することが夫の愛情の示し方なのだ。内省し続ける夫の語りに、目から鱗が落ち続けた。人生の終わりには血の繋がりや婚姻関係などの固定的な結びつきが重視されがちだけれど、距離が離れたり近づいたりする流動的な人間関係や、仕事や趣味を通しての社会との繋がりが、その人の人生を輝かせるのだなと思う。
そして、家族である人との距離だって流動する。この小説は近いうちにきっとまた読み返す。

あげは嬢とLINEして、日記を書いてから布団に入った。忘れたくないことの多い一日だった。

#日記 #エッセイ #家族 #山崎ナオコーラ #美しい距離


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