【実録エッセイ】魔女の精気を食べてみました
友達が魔女だった。比喩ではない。
知り合ってから二十年にして、おそらく最大の事実だった。
私自身が霊感に困ってる話から発展してスピリチュアルな話になったので、彼女も二十年の封印を経て開示してくれたのだ。
最初はオカルトマニアなのかなと思ったものの、実際に会ってそういう話をしたら、「あ、魔女だ」と理解した。
今日の話題は普段のものからだいぶ舵を切って、かなりスピリチュアルやオカルトに傾く。
いかんせん、主題は「魔女の精気の食レポ」だからだ。比喩ではない。
これをお読みの皆さんは多分、「どうしてそうなった?」とお思いのことだろうが、斯くいう私も今こうして冒頭を書きながら「何でこうなった?」と思っている。
何もわからないままだし多分この先数十年わからないまま続くだろうが、話を続ける。
「魔術」とは何か?
そもそも「魔術」とは何か。
私が魔女から借りた基礎の中の基礎の入門書を読んだ印象だと、「あまり世間に知られていない知識」を指すのだと考えられる。
営業畑のひとが、システムエンジニアの専門用語まみれの説明を聞いて「呪文みたい」と思う感覚、あれに近いかもしれない。
魔女や魔術師と結びつけられがちな時代、中世においては、大衆は無知だった。
哲学や数学すら魔術にカウントされていたし、何なら文字や本さえも魔術と結びつけられていた。
地動説という現代で言う「当たり前の知識」を唱えたら異端審問に掛けられたガリレオ・ガリレイのことを考えれば、この感覚は理解はそう難しくないだろう。
人間は、「知らないこと」を目の前でお出しされると怖くなったり不愉快になったりする生き物だ。
量子力学なんかは、現代における「暴かれ始めた魔術」に相当するだろう。
量子という物質が増えるとか消えるとか現れるとか、少なくとも私には何も理解ができない。税理士である父が目をキラキラさせながら趣味で仕入れたばかりの知識を披露してくれた時、私はやっぱり「ファンタジーな話だな」と思った。
しかもその不思議がちゃんと研究されて解明されて、を繰り返しステップアップしてるのを見ると、現代で明確に「魔術」と分類されているものも遠い未来では常識になっているのかもしれない。
その入門書を読んでまず驚いたのが、「現代魔術」の巨匠、アレイスター・クロウリー──その魔女の友達が尊敬して止まない偉人だ。漫画のキャラクターの元ネタにされがちな人でもある──が意外と最近の人物であることだ。彼の弟子なんかは戦後まで生きていたし。
私は詳しいところまではまだわからないけれど、案外地に足がついた学問なのだという印象。
私が疑わない理由
そもそも何故私が魔術やスピリチュアルやオカルトに対して懐疑的でないか。
二匹の妖怪と暮らしていたからだ。
彼らとの馴れ初めはこの記事に書いたので、興味があれば読んでいただけたら幸い。
彼らのことは便宜上「気まぐれな方」「優しい方」と呼ぶとする。二匹は私の隣にいたりいなかったりした。
前に見てもらった霊視のできる占い師曰く守護霊というものもそういうものらしいが、私が別段彼らのご加護を受けているわけでもないらしいというのも教えてもらった。守ってやるかどうか見極めている最中で、後述するがつまり私自身が餌の類になっている状態だった。
姿は見えたり見えなかったりするし、何を言っているのかわかったりわからなかったりする。彼らの言語が音として耳に入ってきた時はファックスの受信音に似ていた。
彼らがついた嘘により私は彼らを神様であると誤認していたが、それらが妖怪であると判明し、しかも「ならうちにいるためのルールを設けようね」と提示した条件を彼らが守らなかったことから、私はある種無慈悲に彼らを追い出した。私にはそういった除霊の類はできないが、現代にはYouTubeがある。YouTubeって、意外と本物も紛れてるのだ。
友達が魔女であると知る前、何とは無しに「怖いものがわかると困る」と話したことがあった。
たまに部屋に迷い込んできたそれにヒステリックに説教をしたり、何なら別の友達がくっつけているものにその友達越しに追いかけられたりして、とても怖い思いをしているのだ。
以前友達が出した同人写真集でサイコキラー役のモデルをやった時も、撮影スタジオには何か獣がいた。悪意は感じなかったが、常に部屋の端からこちらを見たり、私が綺麗なモデルさんと話している真後ろを突然走り抜けたりするもので困った。
何で困るって、その恐怖を何とかしようとして追い払う様子は、感覚を持たない人から見て多分だいぶ不気味なのだ。前に古い付き合いの友達であるトモちゃんからも嫌がられてとても困ったので、「何か来た時はまず君を追い出してから対策を取るからそれで腹を収めてくれ」と頼んでいる。
私としても対策を取らずにはいられないのだ。めちゃくちゃ怖いから。ゴキブリが出たら怖いのと一緒だ。ゴキジェットを取り出すのと同じだ。そのゴキブリを、感覚を持たない人々が認識できないだけで。
しかもこれがまた、困っていることは怖いものに関することだけではないのだ。
何せ、私は当時、妖怪の餌になっていた。
神様に好かれると早死にするよ、というのは、つまり精気を吸われるということだ。私は常に神様とは言わずとも妖怪、それも二匹に精気を吸われ続けていた。そりゃあ体力は無いし、情緒は不安定なわけだ。
知識はなくとも肌感覚はわかる。楽譜は読めないけれど歌が上手い子供みたいなものだ。
だから私はあまり抵抗なく「魔術という学問」を受け入れることができた。
初めて見る「魔術」
さて、魔女は二人で暮らしている。
明確に魔女である方の子とも、以前「魔女になりたい」と言いつつ私にパワーストーンブレスレットを作ってくれた子も、いずれも二十年の付き合いだ。
「困ってるんだって?」
魔女であるユミちゃんは柔和な笑みを浮かべた。魔女、と聞いて思い浮かべるおどろおどろしいイメージとは遠く離れた、穏やかで、柔らかくて、優しい女性だ。私が間違ったことをした時はやんわりと叱ってくれる友愛と倫理の持ち主で、ついでに医療従事者。医療従事者が魔女なことってあるらしい。
一方、パワーストーンブレスをくれたレイちゃんの方は傾聴の姿勢を見せて、ユミちゃんの作ったご飯をもりもり食べている。ユミちゃんは料理上手なのだ。
レイちゃんはユミちゃんや私含むグループで連んでいる中の長であり、とにかく頭が良い。それでいて気取らない冗句の類もよく言う、愉快なひとでもある。
私もユミちゃんの作ったサラダの大皿を卑しくも独り占めして抱えながら食べていたが、一気に難しい顔になって頷いた。
部屋の中はセージが焚かれて、電車に一緒に乗ってきたはずの妖怪たちの気配がしない。よくあることなので気にしなかった。大方観光でもしているのだろう。というか、妖怪たちは以前に二人の家に来た時にも入って来なかった。知らない土地がそんなに珍しいのか。ありふれた住宅街だろうに。
かくかくしかじか説明すれば、ユミちゃんは壁際のキャビネットに立ち、何やら本をピックアップし始めた。私は残り滓みたいに小さな野菜まで全部食べ終え、手作りのドレッシングを飲み下したい欲求を理性を振り絞って押さえ込み、水洗いしてから食洗機の中に食器をしまう。
「流石に死にたくはない。辛いこともないのに」
「まあ嫌だよね」
レイちゃんが淡々と相槌を挟む。彼女も食べ終えて、私の作業を手伝っていてくれた。食洗機の中に食器を入れる作業はパズルに似ているし、私は昔からそういったものが不得手だ。彼女はそれを熟知している。
食卓に戻れば、ユミちゃんが私にオススメの本を持って戻っていた。
魔術の基礎の中の基礎の知識の入門書とか、占星術の基礎の中の基礎の知識の入門書とか。
要は、私はとんと門外漢なのでその勉強すら難しいのだ。
ユミちゃんは丁寧にそれらを説明してくれながらキャビネットへ戻り、赤い艶のある表紙の分厚い本を持ってきた。金色の題字が刻印されており、絢爛で優美ながら何だか嫌な感じのする本だ。
「これは魔術書。私にもまだ難しいからまだ読めてない」
「なんかごめんだけどあんまりそれこっちに向けないで」
「あ、嫌なんだ」
ユミちゃんはちょっと笑って魔術書を引っ込める。絶対に読みたくなかった私はちょっと安心しつつも、決して視線は赤い表紙から逸らさない。それは大きな獣と柵無しで対峙した時に似ているかもしれない。
私は「魔術書って本当にあるんだ」と思っていた。魔女を自称する人に会ったことはユミちゃん以前にもあったが、それはライフスタイルだろうと思っていたのだ。私が「文筆家」であるのと同じような。ここまでちゃんと「魔術」が現存するとは思っていなかった。
「で、魔術ノートを作ると良いよ」
ユミちゃんは魔術書をキャビネットに戻し、一冊のノートを持ってくる。なんてことはない、何処でも売っていそうなノートだったが、それも何かぞわぞわする。明確な違和感を感じた。
「これが土星。これが木星」
ユミちゃんはノートを開き、私に見せてくれながら黒いペンで描かれた占星術のメモと思しきページを説明してくれる。円が並んでいるのはわかった。
黒い円が並んでいるのはわかったけれど、他は何もわからなかった。薄墨で書かれた文字が滲んだように、ページの9割がぼやけていて判別できないのだ。
「な、何もわからない……」
「難しいよね」
「違う、見えない……」
そこで傍観していたレイちゃんが僅かに笑った。
「めぐるは多分感覚がキリスト教に寄ってるんだね。魔術よりスピリチュアルじゃない?」
曰く、脳の防衛機能として、「危険」と察したものは認識できないらしい。
不思議だな、と思ったが、私が前の夫にされたことなんかの記憶が突然穴が空いたみたいに欠落していることがあることを思えば道理だ。記憶の解離状態と似たようなものか、と把握する。
ちなみに後日、ユミちゃんは私の反応に「やった、私は魔女なんだ!」と自信をつけて喜んでいた。可愛らしい。
「別にクリスチャンじゃないけどね、好きだよ、キリスト教。綺麗だし、傲慢だから。私そういうの好きじゃん」
私が言いながらゴソゴソ荷物を漁り、ダヴィンチの『受胎告知』の天使の描かれたポーチを取り出す。これはトモちゃんにクリスマスプレゼントにもらったものだ。そこからクリスタルチューナーとロザリオを取り出した。
「このロザリオね、ツイッターのフォロワーさんがヴァチカン土産にくれたの。お土産物屋さんに売ってる普通のやつですって言ってたけど、多分とても清らかなのがわかって好きなんだよね。わたしが昔書いたものに出てくるロザリオに似てるのを選んで買ってきてくれたの」
銀色の十字架と緑の数珠が連なるそれをレイちゃんに見せればレイちゃんは「すげえな、流石ヴァチカン。ちゃんと聖別してあるだろこれ」と繁々眺め──突然大きな声で笑った。
「ユミちゃん……!」
レイちゃんの声にユミちゃんを見れば、ユミちゃんは消えていた。
何事?と思って部屋を見渡すと、いつの間にか冷蔵庫の影に隠れ、胡瓜を投げつけられた猫の恨みがましい目でこちらを見ている。
「それやだ……」
「そら相性悪いわな」
「そういうもんなんだ」
私は失礼なくらい感心しながらポーチの中にロザリオをしまう。彼女は本当に魔女だ。多分私とは真逆の属性を持っている。しかしあらかじめ築いてきた関係値があるので、お互いに話していて違和感を覚えないのだろう。何なら魔女である彼女の方が私よりもしっかりした倫理観を備えている。不思議なものだ。
さてユミちゃんは戻ってきてから、小さな紙の箱を持ってきた。
「めぐるが使ってるタロットはライダー版?」
「はい」
「これはタロットに魔術的要素を盛り込んだ、トート・タロット」
彼女は箱から手札を出して見せてくれる。よく見えない札がたまにあるのだが、それも見ない方が良いものなのかなと思う。
もっと見たいものに関しても手を伸ばすのを躊躇い、「触らないほうがいい?」と聞くと、「ひとの魔術道具は触らないこと」とユミちゃんが丸い声で教えてくれる。
「緋色の女、私好きなんだよね。見せたい」
彼女はペラペラ紙をめくりながら探し、
「いや隠れたなこれ……失くすなんてことありえないもんな……」
何度も往復する。
「女神様のカードだよ。キリスト教から見て異教にあたるから、キリスト教とは特に相性が悪い。イシスとか、イシュタルとか、ヌイトとか、いろんな側面のある女神様のカード」
「クリスチャンでもないのにロザリオ持ってる私が悪いから嫌われても仕方ない」
ユミちゃんはちょっと笑って、カードをゆっくり一枚一枚見せてくれる。
「どれが好き?」
私が気になった三枚のカードを止めれば、レイちゃんが「へーっ」と感心したような声を出し、ユミちゃんが「ふーん!」とこれまた感心したような声を出す。
「めぐる、ほんとうに平穏が欲しいんだね……」
「助かりたくてたまらない。助かりたい一心でなんとか生きてる」
「全部調和を表すカードだよ」
ユニバースのカードはライダー版でいうところの世界、これはソードの2、などと説明を受けながらこういう使い方もあるのかと私はちょっと感動をする。今度やってみたい。我が家のライダー版のタロット、通称「紙ペラ」にペラペラ大きな声で知った口を叩かれることには慣れていたので、不思議には思わなかった。
私は天秤座、奇しくも天秤座に属するカードばかりが出ていた。トート・タロットは占星術の要素も盛り込まれているのだ。
「めぐるがやりたいことわかった」
ユミちゃんが立ち上がった。
「相性があるから上手にできるかはわからないけど、まずは中の状態見てみようか。エネルギーの確認」
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