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小さな森と湖の見る夢

湖畔には、木々が見る夢があらわれる。あるいは、誰かの霊が立っている。
 


心を預けられる場所といえばどこだろうか。安心して身を預けられる場所、同時に自分の心が寄り添いたいと思うところ、魂たち、そういう場所はどこにあるだろう。

 
“小さな森”は小さいが、通うたびにどんどん深く、広く、豊かになっていく。人間を含んだ正常な生態系があり、幻想の国の扉があり、地球にあるどこかの景色を重ねて見せてくれる。
動物がいて、虫がいて、微生物がいて、人間がたまに交わる。
風の止んだ湖に映し出される空、木々の声、光るように咲く野菊、ネズミが齧った跡のついた胡桃の殻、生えたばかりの茸の瑞々しさ、丸丸としたどんぐり、遠くの山から吹く風、幻獣の通る空の道。


 
明治神宮の森は専門家の知識と緻密な計画により始まり、人の手をささやかな介助としながら百年生きている。そのことにどんなに救われる思いがするか。“小さな森”は、百年後、どうなっているだろう?


 
私もまたいつか、肉体を脱ぎ捨てて、この森の湖畔に立つだろう。
訪れた人が、あれは木々の影だと思い、歩き去っていくだろう。
美しい蛇の瞳だけが私だったものを映すだろう。
 
湖畔には、木々が見る夢があらわれる。あるいは、誰かの霊が立っている。
 
遠い山から清浄の風が吹き、揺らいで、消える。
すべては森の見る夢、湖の見る白昼夢。