亡国の竜
かつて母国では植物が砂となる奇病が蔓延した。あらゆる草木が砂となり、土は乾いて砂となっていく。ヒトや動物にはうつらないが、草木がなくては虫も動物も棲めない。食べるものがない。飲み水も。年々長くなる乾季のせいもあって、民はついに母国から別の国へと移っていった。私も幼いころ母に手を引かれ国境を越えた。7つのころだった。
再び母国の土――砂――を踏んだのは、26のときだった。母譲りの赤毛を短く切って、その上に細長い布をぐるぐると巻き、生まれた時に両親から与えられるお守りの石をつける。かつて身に纏った民族衣装の真似だった。
私は竜に会いに来た。国を守護する巨大な竜。私たちを守らなかった竜。炭のように黒く変色した聖樹の根元で、そいつはいまだ生きているという。
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「ここにはもう砂しかない。あなただってもうすぐ崩れ落ちて砂になる。なのに、なんで?こんなところで、何を守っているの?守るべきものなんか、ここにはもうひとつもないのではないの。抗うことなんてやめてしまえばいいのに」
「おまえを産み落とした土地を、そんなふうに言うものではないよ。おまえの体にはこの国の血が流れ、おまえの魂にはこの国の水脈が流れている。砂粒のようなひとかけら、雫にも満たない、霧の一粒であろうとも。わたしにはそれがわかる。おまえは、この国の、ひとつのうつしみなのだよ。わたしがそうであるように、おまえもまた、」
竜は一度口を噤み、そうしてまた口を開いた。
「わたしが守りつづけているものは、なんにも変わっていないよ。この樹がか細い苗だったころから、なにひとつ」
「おまえにもわかるはずだ、赤毛の子。マラカイトの子。ここに還ってきたおまえならば」
「おまえはここで生まれ、出てゆき、還ってきた。そしてまたここを出てゆくだろう。旅人よ。勇敢なる者よ。おまえが忘れても、わたしが覚えていよう。砂になっても。おまえが歌ったあの歌を」