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ホテル風呂チキンレース

 私は共同生活が嫌いだ。だから、大学を卒業して早々に家を出たし、学校も嫌いだったし、会社員も三年で辞めた。理由は色々あるが、基本的には他人が間合いにいるのがもう嫌なのだ。近くにいればその人が立てる音は否が応でも聞こえてくるし、それだけの距離ならいざという時に大変だ。
 自意識過剰と言えばそうだが、でもやはり私はそんなに他人を信用できない。未だに、電車で寝れば惨めな寝顔写真を撮られて笑われると思っているし、エスカレーターには常に殺人鬼が乗ってると思って背後を警戒している。
 そんな私だが、社会人時代は結構出張でホテルに泊まっていたし、その時に大浴場で風呂を浴びるのは割と好きだった。家の作業場みたいなシャワー室と違って、エンタメって感じの広さが楽しいからね。
 ただ、もちろん大浴場は共用スペースであり、そこを使う場合他人との接触は避けられない。そして、私はそれが大嫌いだ。だから、当時の私はいつも大浴場が閉まるギリギリの深夜にばかり狙って行っていた。だいたい、残り20分ぐらい前が良い。浸れる時間とはトレードオフだが、チキンレースだと思ってここは耐えるべきだ。
 この時間帯は良い。運が良ければひとりじめできるし、よしんば同席者がいても大抵同じような思考の人だ。お互い離れて、静かに過ごすわびさびがある良い時間になる。
 最悪なのは、THE・オヤジみたいな人が唐突に入ってきた時だ。こういう人は周りを気にしないし、そもそも一人で静かに入りたいという思考がこの世に存在する事すら認識していない。だから、「うぇ~」みたいな謎の鳴き声を我慢しないし、湯船の対角線に入って距離を取ってくれるということもない。
 いや、まあ大浴場を一人で使おうとしているこっちがおこがましいとは分かってるんですけどね……映画館といい風呂といい、同席者が多いほど満足度が下がるこの身体は難儀と言わざるを得ない。
 ああ、少し高くてもいいから大浴場の貸切とかできないかなぁ。本当に苦手なんだ人との風呂。だってさ、防御力がさぁ……


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