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【短編小説】夢死十夜_第二夜 白いロリータと殺人鬼

 こんな夢を見た。
 僕はどこかの都会の街にいる。高いビルが沢山立っていて、道路はアスファルト舗装された灰色の箱庭だ。昼真っ盛りなのか、日差しは暑い。辺りを見回してみたところ、日傘を差している人もちらほらいるので、多分夏なのだろう。
「ねぇ君、今回は何をモチーフにして作ったんだい?」
 流れ出る汗をワイシャツの袖で拭っていたら、背後から声が響いた。
雑踏の猥雑な喧騒の中でもクリアに聞こえる圧倒的存在感、それでいて危険な毒の香りをも漂わせる甘く粘ついた声だ。

 振り向くと少女がいた。全身が真っ白な死人のような娘だ。色をどこかに忘れてきてしまったようなその姿は非常に美しく、そして目立つ。辺りの人々の視線が集中しているのを感じる。しかし、彼女はどこ吹く風。白いロリータ服とフリルのついた白い傘を揺らし不敵にほほ笑む。
「……見てからお話したほうが良いかと」
 僕は彼女にそう勧める。多分、僕の方が10は歳上だと思うが、敬語が止められない。彼女が歩くと、雑踏が割れる。気分はさながらモーセだ。フリーパスで最前列までたどり着いた。
 視界が開けると、そこには大鍋が一つ現れた。傍らには首が置かれており、中には人間の死体が細かく刻まれて入っている。
ピューと一陣の風が吹くと、爽やかな調べに運ばれて、食欲をそそる香辛料の香りがする。カレーだ。

「へぇ」
 感嘆したような高い声。僕は気持ち声量を絞り、彼女に補足説明をする。
「見てお分かりの通り、人間をカレーの具材にしました。近頃、芸術作品のオマージュばかりだったので、今回は料理という形で新規一転を図りました。既に匿名の捨てアカウントからクックパッドにも人肉カレーのレシピを投稿しており……」

 まくしたてるように口を滑らせる。
 そう、僕は殺人鬼だ。しかも、連続猟奇殺人鬼だ。もう7人も殺した。殺して、死体を使ってアートを作り出してきた。先週は壁を使って点描画風の絵を描いたし、一昨日は公園にダダイズム風のオブジェを設置した。全て、彼女のオーダー通りに。
「ふーん、いいじゃないか。君、中々面白い発想をするねぇ」
「はい、ありがとうございます……」
 僕は彼女の玩具だ。彼女が面白い死体を見たいというから吐き気を堪えて作るし、説明しろというから、こんな往来の真ん中で自白まがいのことだってする。果てしなく最低の行為だとは自覚しているが、そうでもしないとこちらも生きている気がしないのだ。
 きっと、破滅の日は近い。何人かにこの会話だって聞かれているだろうし、一人ぐらい本気になって通報する人がいてもおかしくない。街中を移動している以上、監視カメラにだって映っているから一度目を付けられたら逃げられやしない。

「そろそろ行こうか」
 そう言うと、すっかり彼女は興味を失ったようにスタスタと踵を返して行ってしまう。僕は足早に彼女の背を追いながら考える。僕が終わるときの事を。もし僕が終わるとしたら彼女はあっさりと僕を捨てるだろう。だから、その瞬間をどう彩るべきかが重要だ。今のところの有力候補は爆破か転落だ。
「君、この辺でいいカレー屋を知らないかい。君のおかげでカレーが食べたくなってきた。トンカツと福神漬けをたっぷり乗せた、とびきり辛い奴がね」

 追いついてきた僕に向けられたのは満点の笑顔だった。
 ……全く、ずるい話だ。あまりにも美しすぎる。これが死と破滅をもたらす魔性の毒花だと知っていても、これが自分を承認してくれるのであれば地獄の業火でも喰らえる気分になってしまう。
 人間の皆さん、すいません。僕はこの幸せの為なら、死ぬまで悪を貫き続けます。だからどうか、早めに僕を破滅させて下さい。それが人でなしの僕からの唯一のお願いです。


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