見出し画像

後輩と山月記【日記:2023/7/27】

「山月記って作品知ってますか?多分、先輩は好きだと思いますけど」
そう後輩に言われたのは、確か大学四年生の春ごろだったと思う。

当時、私は就活のため地元から東京に通っており、高い電車賃を浮かすためによく後輩の家に転がり込んでいた。
狛江市の片隅のボロいワンルーム、布団を二枚敷いたら一杯になってしまうような小さな城に男が二人。
酒盛りをするようなタイプでもなかったし、かといってゲームをするようなスペースもなかったから、もっぱら適当なアニメをしながら適当な話をしたり、あるいは各々好き勝手本を読むなどして過ごしていた。

そんなある日のことだった。後輩が「山月記」の話を持ち出してきたのは。
「なんだっけ、それ?」
私はそう答えたと思う。
その頃は、古い文学なんて堅苦しくてつまらないものだと考えていて、ほとんど読んでいなかったものの、全く知らない無知な野郎だとは思われたくなかったからだ。

後輩がかいつまんで内容を語ってくれている間、私は話半分で聞いているふりをしながらwikipediaを開いていた。
つくづく面倒で見栄っ張りな奴だと、自分のことながら呆れてくる。
もしかしたら、彼はそんな私のことを見透かして「山月記」の話を持ち出してきたのだろうか?
そうだとしたら落ち込んでしまうので、今でも真相は確かめられいない。

作品の中で、虎になった男「李徴」は語った。
自らの孤独さと羞恥心、それにまつわる後悔について。
人々に交わって切磋琢磨しようとしなかった、誰かに批評されることを恐れていた。だから一人仙人ぶった顔をして詩作に励んでいたんだと。

空費された過去に灼かれ、月に向かって吠える男の姿は私にネガティブな思いを喚起させる。
私は間違っているんだろうか。何かを求めるのであれば、著名な人物に絡んで強引に弟子にしてもらったり、一発逆転を目指して借金でもした方がいいんだろうか、そんなことを。

ちょうどあれから5年ほどが経った。
あの後輩は今でも同じ場所に住んでいるんだろうか。
分からない。だから、久しぶりに声をかけてみてもいいのかもしれない、羞恥心を捨てて。
都内で飲みとかじゃなく、家の近所のサイゼリヤで夕食を食べて、家に戻って「物語シリーズ」のアニメをぼんやりと一緒に見たい。
次の満月まで覚えていたら、連絡してみよう、かな。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?