ペースメーカー

 今年は割と温かい冬だったな、でも雪消えはそれほど早くないなと思っていた春、思いがけず出向になった。

 世間では初老と呼ばれる歳になり、古傷の膝も痛む間隔が短くなってきたなと感じていたところで、片道およそ2時間(うち徒歩30分)の通勤になるとは夢にも思っていなかった。

 タイミングとしてはそんな日から3週間ほど経っている。引継ぎもままならないような状態だったので、頻繁に召喚され新旧を行ったり来たりしていたが、ようやく通勤のペースをつかみかけてきた。少し余裕が出て周りを見れるようになってきたのか、よくよく考えるといつも同じ人物が前を歩いていることに気が付いた。

 紙の7割ほどが白髪になり、齢は60以上であろう後ろ姿。しっかりした足取りで、多少体を左右にゆすりながら歩いていく。シャツにスラックスとサラリーマンの様ではあるがバックなどは持っておらず、パンツの右後ろポケットもそれほど膨らんでいる様子はない。

 散歩か?

 と思ったところで、彼は別の方向へ曲がってしまった。

 あの凛とした佇まいはどこかの企業の管理職なんじゃないだろうか。いや、実はどこかのビルの警備の方なんじゃないだろうか。そんな妄想をしながら、残り5分の4ほどの通勤路を歩いていく。


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