【しゅーるなしょうへん】荷物
宅配員の持つその箱に、私は全く覚えがなかった。懸賞などに応募した記憶も、通販で何かを注文した記録もなかった。ただ、宛名には、確かに私の名があった。
私はまず、その箱の重さに驚いた。宅配員から受け取った時に思わずよろめく程であった。この1辺約30センチの立方体に、ずっしりと、岩か何かの隙間なく詰まっている様子が容易に想像できた。
また、私は差出人を訝しんだ。この箱は「揚鶯斜美ら海」という人物から送られてきたようだ。どう見ても偽名である。一応検索してみたが、案の定1件も引っ掛からなかった。住所の方を調べたら他県のテニススクールのものであった。念の為問い合わせたが、危うく嫌がらせと間違われ、通報されるところであった。言うまでもなく、住所もまたデタラメだったということである。
この箱について知るには、やはり開ける外なさそうだ。私はカッターナイフを持ってきた。そして、その未知の怪奇を孕んだ立方体へ、恐る恐る刃を突き立てた。
開けて私は絶句した。
闇を溶かし、そこへ紅を数滴垂らしたような半透明の暗赤色が、みちみちと音が聞こえそうな程隙間なく、箱一杯に蟠っていた。
カッターナイフの刃先はそれへ触れたようで、少し湿っていた。私はそこへ鼻を近付け、匂いを嗅いだ。ほのかに甘い香りがした。
まさか。
私は震える指で、箱の中へ鎮座する静謐な奇物に触れた。しと、と肌に馴染む柔らかさと弾力があった。指先はカッターナイフと同様に湿った。
私は思い切ってそれを舐めた。上品な甘みが舌を滑らかに這い、鼻腔へ抜けていった。
「……羊羹?」
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