普通の雨模様。
学校が終わり、さあ下校だ、という時に、雨が降っていて、私は傘を忘れていることに気づき、下駄箱の前で立ち止まってしまう。
他の子たちは、なんか普通に傘を持ってきてるみたいで、または、忘れても、友達同士で相合い傘したり、男子なんかは、濡れてもいいやって感じで雨の中を突っ走ってて、それがうらやましいけど、私にはそうできない、特別な理由があった。
特別な理由とは、スマホだった。
誕生日プレゼントで、親に買ってもらった、私だけのスマホ。
別に、そんなに高い機種ではないし、普通の女の子が持ってるようなやつを選んだつもりだけど、それでも、親はすごい反対してきたし、文句も言ってきたし、それを説き伏せる私も必死で、なんとか買ってもらったもので、だから私にとっては、特別なスマホだった。
それを、私は早速バッグに入れて、今日、登校してきたのだ。
帰りに雨が降るとも知らずに。
だから、濡れたくなかった。
だって、スマホが心配だから。
私は、雨が降るのを見ながら、スマホを買うことに反対してきた親の台詞を思い出していた。
「まだ早いんじゃないか?」
「犯罪に巻き込まれるでしょ?」
「なにも知らないで、おかしいだろ」
「スマホスマホって、今時の子は」
うるさいよ。
いろいろ言いたいのはわかるけど、スマホは大事なのだ。
だってみんなが使ってるし、クラスで持ってないのは私くらいだったし、スマホを持ってないと、なんだか世界に取り残されてるみたいだし、普通だし。
でも、そんな特別なスマホは、目の前の雨模様には、どうすることもできなかった。
私は、普通のスマホを持って、降り続ける雨を前に、立ち尽くしていた。
そうこうするうちに、下校する生徒たちも減ってきた。
みんな、普通に帰っていく。
どうしてなんだろう?
だって、みんなもスマホ持ってるでしょ?
それが普通でしょ?
などと、心のうちで、一人でギャーギャー騒いでたら、背後から声をかけられた。
振り向くと、クラスの男子がそこにいた。
「傘、忘れたの?」
私はとっさにうなずく。
「貸そうか?」
え、と私は思う。
なんで私に?
すると、男子は笑って、
「別にいいよ。傘ぐらいは」
と言う。
私は、小声でありがとう、と言い、男子と一緒に、上履きを脱ぎ、土足を履き、傘立てまで歩く。
男子の黒い傘がかかっている。
男子はその黒い傘をとり、私に渡す。
「はい」
私はおずおずと受けとる。
開く。
黒くて、大きめの傘。
私はそれをさして、校舎から出る。
黒い傘は、雨に打たれる。
すると、その中に、男子も入ってくる。
男子は笑顔で、得意気だ。
「なんで…」
と私は訊く。
なんで急に入ってくるの、と。
でも、なにを勘違いしたのか、男子は、
「傘ぐらいの値打ちはだれにもあるさ」
と言って、私と相合い傘をしたまま、一緒に歩き始めた。
なにそのカッコつけた台詞…と私は思ったけど、でも良かった。
どうせなにかのパクりだろうし、どうでもいい。
相合い傘だろうが、なんだろうが。
はじめから、誰かに頼ればよかったのだ。
本当に、それだけのことなのだ。
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