EXTENDED
「ひどい話だな」
俺は言った。
「それじゃ、なにもできないじゃないか」
「そうだ。警察も役に立たないし、俺たちはただ眺めることしかできないよ」
そういって、知野はパソコンの画面を見つめる。
画面には、一人の女の子が映っている。
女の子は閉じこめられている。どこかはわからない。緑色のペンライトが顔を照らす。それ以外は暗くて見えない。
パソコンにその映像が映されている。
こうして見ると、まるでパソコンの画面に女の子が閉じ込められているように見える。
「犯人はなにを考えてるんだろうな」
「さあな。どこかで俺たちのことも監視してるのかもな」
俺と知野が見ているのは、連続殺人鬼「墓掘り」のライブ映像だった。
人質を誘拐し、狭い密室に閉じ込め、その中で窒息死するまでを定点カメラでライブ中継する。その密室は、冷蔵庫だの樽だの言われているが、まだ被害者が発見されてないので、わからないままだ。酸素が行き渡らないため、地下に埋められているのではないかと言われている。生き埋めライブ中継をネット配信する連続殺人鬼、それが墓掘りだ。
被害者の足元には酸素スプレーが転がっている。延命措置、救済措置と言われている。
今回の被害者は菊地景子さん17歳で、ライブ中継が始まったのは昨日の朝。もうだいぶ弱ってきてるみたいで、今回も前と同じような結果になるのではと言われている。
つまり、窒息死だ。
「こんなの、フィクションの話だと思っていたけどな」
と知野は言う。
「まあこれが現実ってことだよな」
と俺は言う。
ウソみたいな話だけど、実際パソコンにはそれが映されているのだ。信じる以外なにができる?
「でも、まだ生きてるみたいだしな」
と知野は言う。
「頑張ってほしいよ」
「なにを頑張るんだ?」
と俺。
「うーん、なんだろ……」
そこまでは考えてなかったみたいで、知野は考え込む。
なんでなにも考えていないのに、頑張ってほしいなんて言うのか?
「ま、わかんねーけど」
そう言って、知野はスマホをいじりだす。
画面に動きがないから退屈なのだろう。
「ほら、見てみろよ」
そう言って知野はスマホの画面をこちらに向ける。
「すげー広まってる」
知野が見せるのはTwitterだ。
ハッシュタグ墓掘りで、有象無象の呟き。
「すげー盛り上がってるな」
と俺。
「墓掘りがトレンドだよ」
と知野。
「みんな、なにを見てるんだろうな」
それから、また知野はスマホをいじる。
確か、知野はアイドルが好きで、それ関連の呟きでも見てるんだろう。
どうでもいい。
俺もスマホをいじる。
Twitterをひらくと、知野のスマホと同じように、ハッシュタグ墓掘りで有象無象の呟きが流れてくる。
その中には有名な奴らもいて、芸能人だ、評論家だ、掲示板創設者だ、なんだのが議論だの評論だの分析だのをしている。
みんななにをしているのか?
「なに見てんの?」
と知野。
「別に」
と俺。
「なにも動かないな」
と、知野は画面を見て言う。
「そうだな」
と俺。
「退屈か?」
「いや、別に」
「本当に?」
「なんでそう思うんだ?」
「だって、なにも起きてないじゃないか」
「なんにもって……」
確かに画面上に大きな動きはないみたいだ。
景子さんは衰弱して、Twitterは呟きを流している。
それだけだ。
「警察はなにやってるんだろうな」
「さあな。調査でもしてんじゃないか?」
「でも、手がかりもなにも見つからないんだろう?」
「そうみたいだな。情報を出してないだけかもしれないけど」
「テレビでこれのニュース見たんだけどさ、殺人ポルノだって」
「殺人ポルノ?」
「なんとかって評論家が、こんなライブ中継は見るべきじゃないって」
「へえ」
「被害者が苦しんでる姿を映し続けるなんて、これはただの殺人ポルノだって」
「そうなの」
「それ聞いてさ、なるほどと思ったんだよ」
「なるほど?」
「だって、これを見てる奴らなんて、結局面白いから見てるんだよなって。家でポルノでも見るような感じなんだなと思ってさ」
「うん」
「結局それだけで、犯人がなにを考えてんのかはわからないけど、もしこれが娯楽でも提供しようってつもりなら、その狙いは成功してるんだよな」
「娯楽?」
「だって、こんなライブ映像からなにを受けとるんだ?教訓だの学びだの、なにもないじゃないか」
「うーん」
「だからさ、犯人がどんな奴かは知らないけど、多分仕掛人なんだよな、犯人は」
「仕掛人?」
「そうそう。俺たちに娯楽を仕掛ける仕掛人。まあ、今俺たちは退屈してるんだけど」
知野はそこまで喋ると、またスマホをいじりだした。
俺はふと思って、Twitterにハッシュタグ墓掘りをつけて、仕掛人と呟いてみた。
いいねでもつくだろうか?
それから、またしばらくして、知野が話し出した。
「俺、今思ったんだけど、この事件、絶対模倣犯とか出るよな」
「かもな」
「墓掘りを真似して、またバカなことする奴、出てくるよな」
「まあ、ネット配信だのライブだのなんて、今時ありふれてるからな」
「そう、でさ、俺思ったんだよ。今回の墓掘り事件、実は模倣犯じゃないかって」
「え?」
「だって、犯人に関する情報、まだなにもないじゃないか。だったら、その可能性もあるよな」
「………」
「似たようなこと、もうどこかで起こってたりしてな」
「………」
似たようなこと?
それは怪談か?
いや、現実なのか?
知野の話は?
この出来事は?
「まあ、だからどうってわけでもないんだけど」
そこまで言って、知野は黙る。
画面上に大きな動きがないまま、時間は過ぎていく。
それから数日経って、犯人と事件の真相が明かされる。被害者の結末も。
それに関して、僕はなにも言わない。
言えないのだ。なにも。
結局なにも届かなかったのだ。
終
「イドインヴェイデッド」から、一部設定をお借りしました。
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