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嫌いなお湯加減。

 僕は温泉が嫌いだ。
 風呂を他人と一緒に入ることの、なにが良いのかさっぱりわからない。
 気持ち悪いだけだと思う。
 男が裸でその辺をウロウロしてるなんて。
 男同士なんだから、隠さなくてもいいやろ、オープンにしようや、みたいな、あの空気感。
 女の子だったら卒倒ものだろう。
 風呂なんて、一人で入ったらいいのに。
 温泉宿とか銭湯とか、バカみたい。
 なんで他人と風呂に入りたがるのか?
 理解に苦しむな。
 なんか気持ちいいんだろうか?
 男同士、おっさんどうしで、ブラブラさせながら、同じ風呂に浸かるのが。
 気持ち悪い。
 そんなのなくなればいいのに。
 裸でいることを推奨されるなんて。
 裸なんて気持ち悪いだけだと、みんなが気づけばいいのに。
 バカらしい。
 と、僕は思ってるけど、なかなか言えなくて、なぜなら、相手は父親だったからだ。
 父親は、昭和の男で、ゆとりの僕を嫌いなのだ。
 そして、温泉や銭湯が好きなのだ。
 「なんだお前、行かねえって」
 「いや、その」
 「お前、中学生にもなって、温泉が嫌ってどういうことだよ」
 「……」
 「だって、家族で温泉旅行に来たんだろう?」
 「……」
 「だったら、父親と息子で、風呂に入るんじゃねえのかよ」
 「……」
 「それが嫌なら、どうしてお前は温泉なんかに来たんだよ」
 「……」
 お前が行きたいって言ったからだろ、こっちは空気読んだだけだクソバカ。
 とは言えないので、黙ってると、父親が、なんかニヤニヤし出した。
 「そーいやお前、最近スマホばかりいじってるな」
 「……」
 「なんか、SNSでもやってるのか」
 「……」
 「黙ってるということは、イエスだな。お前もさあ、好きだよなあ、あーゆーの」
 あーゆーの、とはどんなことか?
 どうせ、ロクなことではないが。
 はぁ。
 「お前、いつも黙ってるくせしてよ、SNSには好き勝手書き込むだろ?」
 「……」
 「あれ、なんだろうな。思ってることがあるなら、素直に言えばいいのに。それこそ、いるんだぞ、ここに。お前らが文句を言ってる相手がよ、昭和の親父がよぉ!」
 父親はゲラゲラ笑う。
 僕はだんまりを決め込む。
 どうせ何を言っても無駄だ。
 それを僕は、経験から知っている。
 「なにも言えないから、ハケグチとして、そーゆースマホに頼るんだろう?」
 勝手な決めつけ、独断と偏見。
 「ていうかよ、おかしくねえか?」
 と、本当に不思議そうな顔をして、父親が僕を見ている。
 「なんで、SNSにはなんでも書くのに、そんなことしてる若者が、温泉を嫌うんだよ」
 SNSと温泉?
 何を言ってる?
 僕は思わず怪訝そうな顔をする。
 それを見た父親が、
 「だってよ、SNSでは、お前ら、言ったら、裸じゃねえか。だったら、現実で服脱いで裸になっても、平気なハズだよなあ?」
 「……」
 僕は、あきれてしまった。
 ずっとだんまりだから、どうせ父親は気づかなかっただろうが、僕はもう、言葉が出なかった。
 SNSで裸?
 だから、現実でも裸になれる?
 だから、温泉なんかも平気だろ、と?
 そういうことか?
 全然違うだろ?
 僕は、SNSで裸だった覚えはない。
 SNSは、現実の温泉やら、気持ち悪い男湯なんかとは、正反対の場所なのだ。
 なんでも開示する、開けっ広げにする、ではないのだ。
 裸の男湯が好きなやつらには、わからないかもしれないが。
 ゆとりが言っても無駄かもしれないが。
 僕はため息。
 途方に暮れてしまう。
 相手は、SNSと現実の区別がつかない昭和の人だ。
 ゆとりの僕は、どう立ち向かったらいい?
 この現実で?

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