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20210126 日記26 美少女戦士セーラームーンEternal前編の感想

ようやく『美少女戦士セーラームーンEternal』の前編を観に行くことができました。

姉と映画館に行くの『劇場版アイカツ!』以来だったかもしれない。

お互い忙しかったので、車で久しぶりにいろいろ話したのだけど、姉が最近原点に立ち返ったという話が聴けて良かったです。

※以下ネタバレがあります。

美少女戦士セーラームーンEternal前編

正直、リメイクである美少女戦士セーラームーンCrystalシリーズには、そこそこ思うところがあったのと「ちびうさがかわいい」という感想以外見つからなかったので、ちょっと警戒して臨んでいたのですが、普通に良い映画でした。

疑ってごめんなさい……。

ちびうさが可愛かったです。

一番好きなちびうさのシーンは、恋のお悩みをまこちゃんに相談しに行くところ(まこちゃんになついてる)で、まこちゃんも「よーし、一緒に美味しい料理作ろっか!」と応えるのが可愛すぎる。

あと、ベットで「本当はね、私うさぎみたいになりたいの」と話すところも、愛らしすぎて涙が出てしまった……。

あと、私が一番好きな愛野美奈子さんが、Eternalでもめちゃくちゃ可愛かったので良かったです。

アルテミス風呂覗いてんじゃねえよという気持ちがあったのと、ネコチャン状態のアルテミスが美奈子ちゃんの体重を支えるのが酷すぎてちょっと笑ってしまったのはありましたが……。

今回はキャラクターデザインが旧作と同じく只野和子さんに戻り、変身バンクも旧作から踏襲され、2021年のアニメ技術でアップデートされたものになっていて、ファンサービスもあるのだけど、やっぱり痺れてしまった。

最初のうさぎちゃんとちびうさの変身シーンで、めちゃくちゃグッときて、その後の5戦士たちの必殺技も、やはり想い起こされる感情がありました。

1点補足するとすれば、この映画は旧アニメシリーズ「セーラームーンSuperSのリメイク」では無く、あくまでも原作セーラームーンのリメイクであるという点です。

その上で、私はセーラームーンSuperSの物語を全て観たから、これが別のお話だと分かり、SuperSとEternalを二つ合わせると丁度良くなると体感した感じだったので、個人的にはどっちがいいというよりかは、SuperSとEternal、両方観て欲しいなという気持ちはあったかもしれない。

SuperSの物語にはあって、Eternal(原作)に不足していたように感じた部分としては、敵であるデッド・ムーンへの眼差しと、この物語の大テーマである「5戦士それぞれの夢」が、普通の女の子たちの暮らしの中にあるものよりもセーラー戦士としての使命が優先されているように感じた点です。

デッド・ムーンへの眼差しについては、アマゾントリオの描き方に感じた点で、ホークス・アイの「ひと時でも夢が叶って良かった」と去っていく姿は良かったのですが、フィッシュ・アイくんとタイガース・アイがあっさり退場してしまったのは、個人的に惜しかったです。

アニメシリーズでは、3人があまりにも印象的かつ魅力的に描かれていたのはもちろん、SuperS全体に通ずる「夢」というテーマを描くに当たって「人間になりたい」と願うアマゾントリオの姿は「人間とは夢をみる生き物である」という命題にも繋がっているように思いました。

ただ、これは連載漫画の物語を、1年1クールのアニメ作品としてリメイクした際の副産物のようなものなので、尺の問題を考えると仕方ない部分の方が大きいように感じるので、SuperSを……観て欲しい!

SuperS、最近各配信サイトで配信が始まっているので……。

フィッシュ・アイくんが衛に恋する話は、本当に素晴らしいです。

オタクがフィッシュ・アイくんにめちゃくちゃたぶらかされて、人生めちゃくちゃにされるエピソードも好き(本望では?)。

あと、美奈子がタイガース・アイと、ホークス・アイに二股かけて、同日に二人とデートぶん回すという、確実に美奈子の方が悪役の動きをしているエピソードも好きすぎる。

アマゾントリオ、本当に魅力的なキャラクターとして描かれて、その上で、彼らの選択がとても美しいものとして描いているのが、SuperSの魅力の一つでもありました。

また、5戦士それぞれの夢の部分についても、アニメシリーズは「普通の女の子としての生活」「セーラー戦士としての宿命」は、常に等価のもの(なんやかんやでみんな戻ってはくるのだけど、自分の夢のためにセーラー戦士を辞めるという選択を、基本的には笑って送り出してあげていた)として描かれていました。

対して、Eternalに関しては、基本的に5戦士が再覚醒する姿は、自問自答の中で『セーラー戦士としての使命を自覚する』という形で描かれていました。

これも、1年1クールだからこそ、個々人のエピソードの中で「普通の女の子としての生活」を掘り下げる時間があり、なおかつ女児向けアニメだからこそ、少女たちが物語に共感するために(そして、自分の夢を信じ続ける願いを託すために)そういう姿が描かれていたんだと思います。

同時に、EternalにあってSuperSでは描かれていなかった魅力も、この『セーラー戦士としての使命』の部分にあったと思います。

SuperSでは、基本的に外部太陽系戦士4人の出番はありませんでした。(OVAみたいな特別編で出てくる)(ちなみにめちゃくちゃイイ話)

また、うさぎちゃんたちの進学も、次作のセーラースターズで描かれた出来事で、外部太陽系戦士という大人の女性が出ないことで、敢えて大人になる一歩手前の選択を、ちびうさと5戦士がそれぞれに選びとるお話になっていたように思います。

Eternalも前編には外部太陽系戦士の出番は無かったのですが、亜美ちゃん、レイちゃん、まこちゃんがセーラー戦士としての使命を思い出す時、せつなさん、みちるさん、はるかさん、それぞれから託された想いを思い返すシーンが強く印象に残っていました。

原作の物語は、個人の選択以上に、何千年にも及ぶひとつづきの物語として『セーラー戦士としての使命』を大切に描いているからこそ、こういう描写になったのだなという納得があり、どちらにも良さがある(どちらも真である)というのは、その点に関してでした。

好きの話で言うと、個人的にはSuperSの描き方なのですが、これは好みの問題かなと思います。

アニメと原作の筋をどちらも取り入れながら、凄まじいバランスで描き切っていたのが『ミュージカル美少女戦士セーラームーン Amour Eternal』という作品なので、流石に1年分のアニメを薦めるのは気が引けるという理由からも、このミュージカルを観て頂けると一番いいと思います。

スタァライトの舞台を追いかけている人たちには、お馴染みの面々もいるので、興味のある方は是非。

もちろん、笑ったと言っても声は出していないのですが、気配で隣の姉に察されていたので気をつけなくてはいけない……。

エリオスについては、デッド・ムーンの呪いで、本心とは裏腹の形で大人の身体になってしまったちびうさをみて「美しい……」って言ったのは浅はかな男よ……となってしまった。

SuperSでは物語中盤くらいまで、ちびうさの部屋にスタリオンレーヴというアイテムで居座り、めちゃくちゃ便利にちびうさに召集かけられる哀しき男のようにも見えてしまった(そんなことはない)のだけど、Eternalはちびうさの純潔性に対して「美しい」と言っている節が強調されているように感じて、ユニコーン的な要素が強くなってて笑ってしまった。

あと、アニメではうさぎちゃんが衛に拒絶されるシーンがとてもつらかったのだけど、Eternalでは「どうせまた勝手に何か抱えてるんだろう……」と、うさぎちゃんに察されて、先回りされて、ちびうさをお見舞いに行かされている(ちびうさは拒絶せず、いつも通りに接する)というのが、うさぎちゃんの成長と信頼を感じると同時に、衛…………お前常にそういうところだぞ…………となって良かった。

衛は地球、うさぎちゃんはその衛生のというモチーフで、その恋愛関係描かれている。

エリオスは地球の心臓と思うと、衛とうさぎちゃんから産まれたちびうさは、地球の未来そのものなのかなと思った。

地球の命を守ることが、未来を守ることに繋がる。また、明るい未来を守ることが、地球の命を救っていくという風に対応されているのだろうなというのは、SuperSを観ていた時は気づけなかったことだったので、これも良かったね……。

後編も非常に楽しみになりました。

スターズの物語もいつかやってくれたら………めちゃくちゃ嬉しい!

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