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【琴爪の一筆】#7『「複雑系」入門』金重明②

武器庫の奥から埃にまみれた戦斧を引っ張り出して、力任せにねじ伏せるのである。

『「複雑系」入門 カオス、フラクタルから
生命の謎まで』金重明著
講談社ブルーバックス 2023-04
p40より引用

ご承知の通り、これは「科学」の本です。
それゆえに、なぜこのような「大陸一の名工でもあるドワーフの長老が製作した稀代の一品を、くそ生意気なエルフの小僧にバカにされて、本人が30年ぶりにブチ切れた」的な一文が出現したのか、という謎が面白かったのです。
もちろんこれはメタファーであり、かつ、その対象も、特段誰かの怒気を含むようなものではありません。このメタファーの指し示す事象は、本書の中で今回の一文のすぐ後に解説されます。要約はこんな感じです。

「64,000人の若者を一堂に集め、各員が人力による機械式計算機を動かして、リアルタイムな天気予報のための膨大な演算を行うという、100年前の気象学者であるルイス・フライ・リチャードソンが自らの著書に記した構想。」

この内容のメタファーが『武器庫の戦斧』となるのが、なんとも文学的ではありませんか。この構想における超ゴリ押しな手段(度を越した人海戦術)が、科学者らしからぬ「野蛮」さを含んでいるということを示すには、ぴったりの一文だろうと思います。

この著者はそもそも優れた小説家であることを考えれば至極当然なことでもあるわけですが、このような文学表現が随所に散りばめられている本書は、理学の素養を持たない私にとっても十分に、この不思議に満ちた世界への興味を喚起してくれるものとなります。

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