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信じることさ、必ず最後に愛は勝つ



「しばらく療養することになりました。いつまでかはちょっとわからないんですが、元気に帰ってくるつもりです」

職場のアラフォー女子・花子(仮名)さんの言葉にうん、と返すと、花子さんは少し微笑んだ。その清楚な花のような笑顔がとても可憐で、きれいな人だなぁと、私は場違いなことを思っていた。
花子さんになんて言おう。
その日私は一日考えていたけれど、気の利いたことは言えずじまいだった。


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花子さんと同じ部署で働くようになって2年たつ。その前にも半年ほど一緒に働いていたことがあるから、なんだかんだ、知り合ってから8年くらいたつ。
モデルの松島花さんをちょっとベビーフェイスにしたような華奢でかわいらしい人で、低い声とのギャップが魅力的。仕事ぶりは堅実かつスピーディー。しっかり者でいつもさりげなくまわりに気をくばってくれる、我が部署のエース的存在だ。

花子さんはあまり自分のことを話さない。私も口数が多くない方なので、彼女とプライベートな話をした記憶はほとんどない。
けれど、だから仲が良くないなどということは全くなくて、黙っていても彼女がいてくれるだけで感じる安心感や、お互いの仕事の呼吸がぴたりとはまったときの心地よさは何物にも代えがたい。

最近、花子さんの勤務予定が変わったり、仕事中クリニックに行ったりしていたので、なんとなく、体調が悪いのかな、とは思っていた。でも花子さんがいつも通りてきぱきと仕事をこなし、ウフフと微笑んでいたりすると、あ、気のせいだったかな、と都合よく解釈したい気持ちが頭をもたげていたのだ。
だから、同僚の口から「花子さん、健康診断でね、なんか見つかったらしくて」と聞いたときは結構なショックを受けた。
ああ、ああ。そんなことになっていたとは。
「心配だね」
「たいしたことないといいんだけどね」
私の頭の中は整理できないあれやこれやでいっぱいだった。

帰宅後、在宅ワークでパソコンに向かう夫に言わずにはいられなかった。
「職場の花子さんがね、健康診断で……」
いつになくしんみりと低いテンションで話す私の言葉を、キーボードをカタカタと鳴らしながら無言で聞いていた夫は、
「すごくかわいい人なんだよね。しっかり者で、仕事もできて……」
と言ったところでくるりと振り向いた。
「誰の話やねん?」
「職場の花子さんだよ」
「……あんたが健康診断でなんか見つかったのかと思ったわ。色々考えたやないか」
「私だったらショックすぎて今日ここに帰ってきてないよ、たぶん。8時ちょうどのあずさ2号で旅立ってたかもしれない」
「なんでやねん」
「とにかくさ、花子さんの気持ちを思うとね、いたたまれなくてさ……」
長い入院生活を経験したことのある夫は、そうやなぁ、とつぶやいて神妙な顔をした。


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昔、知人とKANの「愛は勝つ」の話になったことがある。

どんなに困難でくじけそうでも
信じることさ 必ず最後に愛は勝つ

愛は勝つと思うかぁー?と、ちょっとちゃかしたような言い方をした彼の表情を今でも覚えている。
若き日の私は「愛は勝ちますよ!」と自信満々で答えたものだったが、今同じ問いに答えるなら、こう言うだろう。

愛が勝つかはわからない。
けれども、何かを「信じる心」は大きな力となって私たちに強さをくれる。


花子さんがいる職場が戻ってくる日を、私は強く信じている。







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