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田舎日記2020-05-08『アイツ日記①』

 この冒頭では毎日、最近の生活周期のことを話していた。僕はリセットしたい、と。そういう意味で、昨日の睡魔の訪れは完璧なものだった。僕にしたって、いつ彼が来訪してもいいよう丹念におもてなしの準備をしていたはずで、9時に遅い夜食を食べたあとから、すでにいつでも布団に入ることのできる状態をキープしていた。そして昨晩23時、僕はほぼ理想的なタイミングで夢の世界に行くことができた。

 今、これを書いているのは朝の4時半だ。起床は4時だった。ちょうどこれまで自分が寝ていた時間に起きた。睡眠時間はたったの5時間。まるで会社員時代の睡眠時間だ。

 僕は会社員ではない。在宅で、個人事業主と分類される人間だ。そして特に多忙というわけでもない。まあ、今は追い込みの時期ではあるが、それでも健康的な生活のために8時間ほどはぐっすり眠りたい。それにたったの5時間じゃどうせ昼間にまた眠くなる。うっかり昼寝でもしてしまえば、その分また睡魔の訪れが遅くなるだろうし、ここはぐっすり眠りたかった。

①夢のなかの『アイツ』

 僕は起きたのは『アイツ』のせいだ。そう、とにもかくにも『アイツ』のせい。僕に同居人はいない。ペットだって買っていない。近所に何か騒音を立てる人物や動物がいるわけでもない。『アイツ』は、なにを隠そうこの僕の頭のなかにいる。僕が夢から醒めるときのパターンは幾つかあるのだが、よりによってこのタイミングで『アイツ』は来てしまうとは。

 『アイツ』の話をあまりだれかにしたことはない。前回の同居人には話したかもしれないが、この話を人にすると精神状態がよくない人物として認識されそうで何だか怖いからだ。この日記にしたってそうだ。太字で『アイツ』と形容されるものについて書いていくわけだから、文面としてはきわめてサイコな雰囲気づくりをしていることになる。疑われてもしょうがない。それでも、僕は書かなければ、言葉を綴らなければ物事と向き合えない人間だ。そういう時点で自分をマイノリティな立場にいると言わざるを得ないから、今さらそんなことを気にしたって仕方がないのだが。

さて、『アイツ』の話をする前に一旦今日の夢を振り返ろう。

 僕は夢のなかで友人といっしょにご飯を食べに行った。和食屋だ。店の前で10分ほど待たされた気がする。店内に入ると僕らは座敷に案内された。隣の席には先客であろう家族連れの客が座っていたが、客はそれだけだった。
 この段階で口には出さないが店に少しばかりの不満があった。「ほかに客がいないのならば10分も待たせる必要はないだろう」とか「コロナの時期で距離を空けたいのに隣の席に案内するのか」とか、そういった細かいもので、断っておくが間違っても口には出さないクレームですらない些細な疑問だ。
 メニューはおいしそうだった。肉料理の店だったのだが『夜御膳』というセットがよかった。重箱のなかに椎茸の煮物が添えられた牛丼。これにすると決めた。やがて店員がやってきた。家族連れは帰っていった。
 そして店員は友人のメニューを聞く。彼と友人は知り合いらしく、オーダーを伺うついでにほんの少し談笑した。そして、いつまでたっても僕の注文を聞く気はなさそうだった。僕が彼を見つめていると、彼はこう云った。
「お客様は料理はいりませんよね?」と。
 僕は「いや、いりますが」と答える。すると彼は嘲笑して「どうして?」と訊く。明らかに小馬鹿にしたような態度だ。理不尽だと思った。だからこう返した。
「俺は飯を食べに来ただけなのに、どうしてお前に煽られるんだ?」と。
 すると、彼は黙った。
 というより世界が止まった。自分以外のすべてのものが沈黙した。店員の表情は僕を小馬鹿にしたまま凍りついたように動かなかった。空気そのものが凍っている。いや、寒気みたいなものは感じないので、一時停止していると云ったほうがいいだろう。

 そこで目が覚めた。そう、僕の云う『アイツ』とはこの店員のことだ。夢のなかで僕はだれかといるとき。楽しいことをするとき。『アイツ』は現れる。そして僕を侮蔑する類のなにかを話す。僕がきっぱりとそれに反抗するようなことを云うと、『アイツ』は今みたいに世界を止めるのだ。

 いつから現れるようになったのかは分からないが、『アイツ』は色んな貌を持っている。前は若い女性だったし、その前は屈強なおっさんだった。人に説明しやすいように『アイツ』と呼んでキャラクター化して話しているが、これは夢のなかのシステムだ。夢のなかにある脚本のパターンだ。「楽しい気分になるタイミングでそこにいる誰かが理不尽に自分を嘲る。それを言い負かすと夢のなかの世界が止まり目が覚める」という、僕のなかの、そう云ってよければテンプレートなのだろう。

 断言するが、僕は日常生活のなかでだれかに莫迦にされているだなんて感じたことは一度だってありはしない。他人に対する劣等感や、自分の不甲斐なさに対する嫌悪感はいつだって抱えているが、人生というものをそれなりに幸福に送っているという自覚はある。理想的ではないにせよ、常に不安に苛まされるような生活を送ってなどいない。だからといって、まったくの正常であるという自信があるわけでもないが。

 とにかく、『アイツ』のせいで睡眠が邪魔をされた。こうして日記に書いているのは、今まで漠然とした現象として捉えていた夢の出来事を『アイツ』という明確なキャラクターにするためだ。自分なかでパターン化されていると気付けたわけだから、その夢のパターンそのものを擬人化して、記憶に留めていく。そうすれば夢のなかで同じことが起きたとき、自分に余裕ができてスムーズに話すことができる。今までの夢ではすべて『アイツ』に対して僕は強い拒絶しかしていなかったが、それは理不尽なものに対する反射的な怒りだったからだ。夢のなかで「アイツがまた現れたんだ」ということに気づければ、夢の世界を止められずに会話をすることができるかもしれない。何よりこの夢が僕の精神を反映していると仮定すれば、そこに余裕を与えてやるのはかなり正解に近いと思われる。

 これは思考実験のようで面白い。まぁ僕自身の何らかの精神状態が夢に作用しているのは確かだろうけれど、それにしたって『世界を止めて逃げる』なんてやり方は卑怯だ。だったら夢のなかでも世界を止められないように、次の手を打ってやる。おお、冒頭を書き始めたころはウンザリした気持ちで「俺ってもしかして心の病気って奴じゃあないのか?」と自分を心配していたが、今は次に『アイツ』と会えるのが楽しみだ。やはりこういったことは文章として出力すると落ち着く。これぞ言葉遣い師の使う文法だ。

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