見出し画像

ぎぶの音読舞台 『注文の多い料理店 序』 宮沢賢治

まずは、はるとさん&りまのさん ユニットで活躍されている、荒神咲夜さまの記事です。

ご本人にお知らせする前に記事をUPしてしまいました。
荒神咲夜さま、すみません。

昨年末から、音読舞台にしたい作品がありました。
けれどもなかなか出来なくて、後回しにしていたのです。そんな矢先、お2人の記事を見て『お!😍』となり、えーい!と挑んだ次第です。
そんなわけです。荒神咲夜さま、微笑んでくださったら幸いです😌🙏


いわゆる🤓個人の見解🥸と言うやつですが、宮沢賢治の作品から私がよく感じるのは、自分に足りないこと、出来ないこと、劣っていると感じることに対し、深く悲しみながらも、絶対に、誰かのせいにしたり誰かを責めたりはせず、健気にあり続ける者がいる。
その者は、決して劣っているわけでは無いはずなのに、自己犠牲が強く、それゆえ、その者を見下す者やこき使う者が必ずいて、傷つきながらも、それは己の足りなさ故に与えられたことなのだと、微笑み、受け入れる。
そういう人(生き方)もいるのだよ。と言うメッセージ。
反して、力を待ち、それを弱きものに振りかざす者には制裁を与える。
救うことも制裁を与えることも現実には難しいけれど、物語でそれを伝える。
『オツベルと象』にも、そんなメッセージを私は感じました。

最後の『謎の一文』に関しては、また別の機会に😄


今回のワタクシの『音読舞台』は、宮沢賢治の『オツベルと象』ではなく、荒神咲夜さまの記事のラストにもなっています『注文の多い料理店 序』です。

物語や詩、絵画、音楽、どんな芸術にも解釈は色々あると思いますが、この『注文の多い料理店 序』を、読みたいとずっと思っていました。
誰かの幸せや無事を祈る時、人は、本当に、祈ることしか出来ない。それは実際には何の役にも立たないかもしれないけれど、祈らずにはいられない。
ただそれっきりのところもあるでしょうが、ワタクシには、そんな事しか出来ません。

まずはいつも通り、青空文庫さまより文を引用。
『ぎぶの音読舞台』もお聴きくださいませ。

😸😸😸🎄😸😸😸🎄😸😸😸🎄
『注文の多い料理店』序

宮沢賢治

 わたしたちは、氷砂糖をほしいくらゐもたないでも、きれいにすきとほつた風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗らしやや、宝石いりのきものに、かはつてゐるのをたびたび見ました。
 わたくしは、さういふきれいなたべものやきものをすきです。
 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹にじや月あかりからもらつてきたのです。
 ほんたうに、かしはばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかつたり、十一月の山の風のなかに、ふるへながら立つたりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうでしかたないといふことを、わたくしはそのとほり書いたまでです。
 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでせうし、ただそれつきりのところもあるでせうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでせうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまひ、あなたのすきとほつたほんたうのたべものになることを、どんなにねがふかわかりません。

  大正十二年十二月二十日
宮沢賢治

😸😸😸🍀🍀🍀😸😸😸🍀🍀🍀😸😸😸

最後までお付き合いいただきありがとうございました。
 平穏でい続けることは難しい🤨
 それはそれで闘いなのだ。
 
 てね!😉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?