見出し画像

連続怪獣小説『大怪獣アイラ』#6

 うさぎは鳥と同じように一羽二羽と数えて、
 てふてふは一頭二頭と数えるんだと、お寺の和尚さんが教えてくれた。
 兎は鳥みたいに数えるけれど、あの空にひらり舞う蝶は、たくましく土を駆ける馬と同じく数えて、一頭。

 海の香る、鹿児島県・姶良(あいら)市。
 生まれも育ちも鹿児島の両親は、なんと最初の娘に出身地の名前を付けた。だから「あいら」として姶良で暮らしている。
 学校が終わると、あたしはいつも空を眺める。
 風が流れている。
 どこにいようと、何をしていようと、同じ空、同じ命。人間だけじゃない。道端の石ころも、田んぼの稲も、すべて同じ。
 今と雲とが融けていく。

 法事でもないかぎり誰も立ち寄らないお寺に、その夕方もあたしは行った。
 広場で和尚さんはいつものとおり袈裟のまま、法華経を唱えながらビリーズ・ブートキャンプのエクササイズをしている。
「爾時世尊 従三昧……あ、今日も来てくれたんだね。
まぁ和尚さんどうせ暇だし、よくわかんないダイレクトメールの誘導の通販で買った知らない国のお茶でも飲んでく? 東トルキスタン共和国っていうんだけど、昨日検索したらさ、なんともう解体されて存在しないらしいんだよね」
「あのさぁ…あの種。無理?」
「あー、そうだな。国家からの依頼ならほんとは3億円くらい貰わないと開けないんだけど、和尚さん今どうせ暇だし、よし、行こうか」

 ふたりで宝物殿の扉を開けると、そこにはたったひとつ、桐の箱があって、蓋を開けると、ひとつの鉢がある。

 幼い頃からあたしはこのお寺のこの暇そうな和尚さんと遊んであげていて、いつも境内でいろんなお話をしていた。ガウディが設計した地下聖堂のことや、種田山頭火のでたらめな歩み、笹井宏之の歌の素晴らしさ、クリムトより普通にエゴン・シーレが好きなことや、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』観た?みたいなこと、もちろん仏教のことも。学年が上がるに従って、話の内容も増えていく。最近6年生になってからは、一念三千と宮沢賢治のこと。そして宗教思想がいかに戦争に加担したか。
 和尚さんは誰のことも悪く言わない。あたしを信じて、あたしが自分で判断できるように話してくれる。

 そのうちのひとつに宝物殿の種の伝説があった。
 およそ2000年前、ゴルゴダの丘から復活されたイエス様は海を越えて、日本へ立ち寄った。その際に、ふたつ、植物の種を残した。
 ひとつは長崎。十数世紀を経て、隠れキリシタンの教会で文献と共にその種が発見されるも、迫害によって燃えた。と、思われていた。けれど実際には、バテレンの方々は、もっとも良い隠し場所として、キリストから縁遠い仏教に頼った。それが、この姶良のお寺。いまだに誰にも秘密の、おそらくはバチカンですら知らない種。

 嘘か本当かなんて和尚さんですら知らないようだけれど、あたしはこの物語がとても好き。土が盛られているだけの鉢を眺めるたびに思う。ここにはたぶん確かにイエス様が残した種が植えられていて、2000年の想いが繋がっている。たとえ宗教は違っても、どんなに酷いことがあっても、大切なものは受け継がれている。なんだか生きていることが好きじゃなくなった時にはいつも、この鉢を眺めるためにお寺に来る。そうすると、なんだか生きていることが好きになる。

 和尚さんと並んで鉢を眺めていたら、そういえば聞いていないことがあることを思い出した。
「あのさ、和尚さん。
もうひとつの種ってどこにあるの?」
「それがねぇ、どの文献にも残ってないんだよ。ふたつあった、とだけしか」
「……会わせてあげれないかなぁ。
 ずぅっとひとりなんでしょ。土の中で、2000年も」

 宝物殿の扉を閉めて庭を歩いていると、何かの爆発したような音。突風に背中を押されて体が飛んだ。砂煙の中、起き上がると、和尚が頭部から流血してよろめいているのを発見。駆け寄ると耳が片方、千切れかけてぶら下がっている。混乱してそれまで気づいていなかったけれど、あたしは呼吸ができていない。腹部に鈍い痛みがある。なんだかわからない。何がどうしたの? しばらくうずくまっていたら呼吸ができるようになって、和尚さんがあたしを血まみれで抱きかかえてくれているのがわかった。
 振り返ると、宝物殿がバラバラに壊れて土台しか残っていない。

「……会いに行ったのかな」
訊いてみたら和尚さんも、
「たぶん、そうなんだろうね」
と呟いた。

 翌日、桜島の上空に、巨大なミトコンドリアが浮いていた。









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?