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3分で読める眠りにつく前の話

『前方車両』

毎朝の通勤には車で40分ほど時間がかかる。それには慣れっこなのだが,交通量の多い道を通るので,時折ひどい渋滞に遭遇する。今朝も”アタリ”だった。信号が青に変わっても周囲の車両は道に縫いつけられたように動かない。ギアをパーキングに入れて気持ちをノンビリモードに切り替えた時,それは起こった。

前方の車のドアが開き(これはまぁ時々見る)しかも降りたドライバーがこちらに駆け足で近づいてきたのだ。(これは初めての経験だ)髪に幾分白いものをが混じった初老の男性は,両手を合わせて拝むようなポーズをとりながら,笑顔で窓をノックした。(ドキドキ)

恐る恐る窓を開けると,その人は言った。
「すみません,この道沿いに免許センターってありますかね?」
確かに,この通りには自動車免許の試験場がある。免許の更新に県内から大勢が訪れる場所だ。男性はそこを目指しているのだろう。
「ありますよ。ただ,もう通り過ぎてしまっているかもしれません。」
咄嗟のことで位置関係がわからない。まだ先だったか,通り過ぎてしまったか…信号も変わりそうで混乱は加速する。
「ありがとうございます。もうちょっと進んでみます。」
そう言い残して彼は自分の車に戻っていった。

渋滞が解消され始めて車は進む。
少し走って冷静になると試験場がかなり後方にあることに気づいた。大きなお世話かも知れないと迷ったけれど,彼の車に追いついて伝えることにした。そう決めると何だか晴れやかな気分になり,僕はぐっとアクセルを踏み込んだ。

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