第10話 五寸皿
(ひっそりとした祇園にて)
祇園石段下いづ重常連客のおじさん(以下おじさん)
又、祇園が静かになって来たのう。人影もまばらやな。
祇園石段下いづ重の店主(以下店主)
おいでやす。ご無沙汰でしたねえ。
おじさん
GOTOの時は皆バタバタしとったのう。近寄れんかったんや。
店主
そうです。GOTOの時は京都以外の常連さんがいっぺんに来はったさかいにテンヤワンヤでひっくり返ってたんです。スンマセン。
おじさん
忙しいのは結構結構。
いづ重の大政(以下大政)
又、掃除の日々が始まります。
いづ重のズズ(以下ズズ)
私はおさいほう。鍋つかみ。
いづ重の小政(以下小政)
僕も掃除の日々。飾ってあるお皿全部ピカピカにしてみましたけど。
おじさん
ホゥ、光っとるナ。明治の伊万里やなぁ。いづ重で使うてた皿か?
店主
ハイ。うちは戦前、料理屋はん卸しの仕事が多かったさかいに、その時の中皿ですわ。
おじさん
「料理屋卸し」ちゅうと?
店主
戦争前の料理屋はんはお客さんの格にあわせてお造りの上手な職人、煮方の上手な職人とそれぞれ集めて来やはるんですわ。それが料理屋はんの力量で、座敷と器と調理場があって、宴席にあわせてその都度したてるちゅうかな。
気難しい名人の職人連中が大店(おおだな)の大将の貫禄でかっこ良うそろうわけですわ。その会席料理のコースの中に「壽司」ちゅうのがありますのや。その担当が例えば”いづ重”とこうなるんです。
「重さん頼むで」と「ヨッシャ」と皿は持ち込みで皿もよそよりええもんを!となって来るんですわ。その皿に二貫程趣向をこらしたものをのせてお出しする、と。その当時の皿です。
おじさん
んーーー気ぃ張ってたやろなあ。今でもそういう仕事はあるの?
店主
戦争挟んでなくなったと言うてました。
おじさん
もうない世界かぁ。
店主
ほんで昔の宴席は”折づめ”持たせて帰らさはりますにゃて。家人に土産ちゅうわけですわ。その折の注文に追われてた、と。
上の段は料理屋さんが詰め張ります、下が壽司です。
念のいった折やったらもひとつ下にお菓子で重いのが値打ちやゆうて、皆でリヤカーに乗せて一軒一軒配達せなあかん…もう忙して忙して……ゆうてました。うちの年寄たちは。
そういう頃の皿ですわ。
おじさん
んーー。折づめのコラボは今でもあんのか?
店主
戦争はさんで無くなったちゅうてました。
おじさん
なんや目に見えへん莫大な損失があるやろなあ。貫禄とか言わんもんなあ。
店主
そう、何か悲しいでしょ。
胸が苦しくなります。暮らしのバランスやら、みんなでどっこいしょと取り組んだこととかが消えたんですもんねぇ。
おじさん
このコロナでも消えるやろなあ。
店主
いや、このコロナでは悪癖が消えるにゃとそう思えてならんけどなあ。
おじさん
ムムム…面白なって来たゾ。なんやそれ。
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