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122) SGLT2阻害剤はケトン体を増やして寿命を延ばす

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術122

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【SGLT2(ナトリウム-グルコース共輸送体2)阻害剤は尿にグルコースを排出する】

腎臓では血液中の物質(水、塩類、有機物などの小さな分子)が糸球体から濾過されたのち、尿細管において体に有用な物質を再び血液中に戻すための再吸収が行われます。

通常は糸球体で濾過されたグルコース(ブドウ糖)の99%以上が再吸収されるので、血糖値と腎臓が正常な人の尿にはグルコースはほとんど含まれません。通常、健康な人の尿細管でのグルコース再吸収量は、1日におおよそ180グラムから200グラムです。(下図)
 
しかし、糖尿病になって血糖値が上昇すると、濾過されたグルコースを全て再吸収できないので、尿糖が出るようになります。これが糖尿病です。


図:腎臓の糸球体で濾過された原尿中のグルコースは尿細管でほとんどが再吸収されている。
 
 
 
尿細管で尿中のグルコースを再吸収するのがSGLT2というタンパク質です。
SGLT2は、Sodium-Glucose Cotransporter 2(ナトリウム-グルコース共輸送体2)の略です。SGLT2の働きを阻害するSGLT2阻害薬は、2型糖尿病の治療に使用されています。

SGLT2 阻害剤には、血糖降下効果に加えて、腎臓と心臓に対して広範囲の有益な作用(腎臓保護作用、心不全の発症予防など)があり、心臓病や腎臓病による死亡率を低下させることは前回(121話)解説しました。



【SGLT2阻害剤はケトーシス(ケトン血症)を引き起こす】

ケトン体は、19 世紀半ばに糖尿病性ケトアシドーシスで亡くなった患者の尿中から初めて大量に発見されたため、当時の医師はケトン体をグルコース代謝障害の有毒な副産物と見なしていました。

ケトン体は、糖質の供給が不足している状況で、グルコースに変わるエネルギー源として肝臓によって生成される正常な代謝産物であり、その量が増加することを医療者が理解するのにほぼ半世紀かかりました。

伝統的に、医師はケトーシスを恐れるように教えられてきました。これは、インスリン欠乏に起因する顕著な高ケトン血症が重度のアシドーシス(酸性血症)と 1 型糖尿病患者の死亡を引き起こす可能性があるためです。
 
しかし、ケトン体が増えるケトーシスはがん治療だけでなく、認知症などの神経変性疾患、循環器疾患の治療に有効であることが明らかになっています。ケトン体の抗老化作用や寿命延長効果も明らかになり、アンチエイジングの領域でも注目されています。
 
したがって、ある薬にケトン体合成を誘発あるいは促進する薬があると、その薬によって起こるケトーシスは「副作用」と捉えられる可能性があります。しかし、ケトン体を増やすという作用が病気の治療に利用する発想もあります。ケトン体を増やすケトンサプリメントが、老化や認知症やがんや心血管疾患の治療に利用されているのと同じです。
 
SGLT2阻害剤は脂肪酸の分解(β酸化)を促進し、ケトン体合成を亢進します。

以下のような報告があります。

The SGLT2 inhibitor dapagliflozin promotes systemic FFA mobilization, enhances hepatic β-oxidation, and induces ketosis(SGLT2 阻害剤ダパグリフロジンは、全身の FFA 動員を促進し、肝臓のβ酸化を促進し、ケトーシスを誘導する)J Lipid Res. 2022 Mar; 63(3): 100176.

SGLT2阻害剤は尿糖を増やして血糖を低下させるので、インスリンが低下し、グルカゴンが増えます。その結果、脂肪組織からの脂肪酸の動員と肝臓における脂肪酸のβ酸化が亢進し、できたアセチルCoAはグルコースが枯渇した条件ではケトン体合成に振り向けられます。(下図)


図:SGLT2(ナトリウム-グルコース共輸送体2)阻害剤(①)は、腎臓で濾過されたグルコースの再吸収を阻害し(②)、尿中にグルコースを排出(③)することによって血糖を低下する(④)。その結果、膵臓からのインスリン分泌が低下し、グルカゴン分泌が増える(⑤)。このホルモン分泌の変化は脂肪組織の脂肪分解と脂肪酸の遊離を促進する(⑥)。脂肪酸は肝臓でβ酸化によって代謝され(⑦)、アセチルCoAが増える(⑧)。アセチルCoAはミトコンドリアでTCA回路で代謝され(⑨)、コレステロールや脂肪酸の合成に使われる(⑩)。グルコースの利用が制限された条件(絶食や糖質制限)では、アセチルCoAはケトン体(アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸)の合成に使われる(⑪)。
 
 

SGLT2阻害剤によって誘発される尿中グルコース排泄が、エネルギー源としてグルコースの代わりに脂肪酸の使用を促進することにより、体脂肪の燃焼を促進してケトン体の産生を増やし、脂肪量を特異的に減少させることになります。高血糖を改善し、体重減少を促進することにより、SGLT2阻害剤は肥満者の 2 型糖尿病の治療に有用であることが示されています。

脂肪酸分解の促進によってケトン体合成が増えます。この現象は、副作用の原因になる可能性がありますが、ケトン体の様々な健康作用の観点から有用な効果のメカニズムという考えも出てきます。



【SGLT2阻害剤によるケトーシス(ケトン血症)誘導は副作用の原因になる】

前述の作用機序からSGLT2阻害剤を服用して絶食すると、脂肪酸の燃焼が更新してケトン体産生が増えます。

通常の食事をしながらSGLT2阻害剤を服用しても、血糖上昇が抑えられ、インスリン分泌も低下しますが、ケトーシスは通常起こりません。

しかし、絶食やインスリン作用が低下した場合は、ケトン体産生を増え、ケトーシスが起こります、たとえば、糖尿病患者でインスリンの量が極端に低下した状態ではケトアシドーシスが起こる可能性があります。以下のような論文があります。

SGLT2 Inhibitors May Predispose to Ketoacidosis.(SGLT2阻害剤はケトアシドーシスの素因となる可能性がある)J Clin Endocrinol Metab. 2015 Aug; 100(8): 2849–2852.

【要旨の抜粋】
ナトリウム・グルコース共輸送体 2 (SGLT2) 阻害剤は、ブドウ糖の尿中排泄を増加させ、それによって血糖コントロールを改善し、体重減少を促進する抗糖尿病薬である。2013 年にこのタイプの薬が承認されて以来、これらの薬が糖尿病性ケトアシドーシスのリスクを高めることを示唆するデータが明らかになった。2015年5月、食品医薬品局は、SGLT2阻害剤がケトアシドーシスを引き起こす可能性があると警告を発した。

SGLT2 阻害剤は、糖尿病性ケトアシドーシスの素因となる可能性のある複数のメカニズムを引き起こす。SGLT2 阻害剤をインスリンと組み合わせる場合、低血糖を避けるためにインスリンの用量を減らす必要がある。インスリンを減らすと、脂肪分解およびケトン生成が促進される。

さらに、SGLT2は膵臓α細胞で発現しており、SGLT2阻害剤はグルカゴンの分泌を促進する。最後に、SGLT ファミリートランスポーターの非選択的阻害剤であるフロリジンは、ケトン体の尿中排泄を減少させる。ケトン体の腎臓クリアランスの減少も、血漿ケトン体レベルを増加させる可能性がある。
 
 

この論文は2015年8月の報告です。
2013年3月に田辺三菱のカナグリフロジンが米国の食品医薬品局 (FDA) から承認されて2年後の2015 年 5 月に食品医薬品局 (FDA) が SGLT2 阻害剤による治療によりケトアシドーシスのリスクが増加する可能性があると警告しています。

FDAの警告には、SGTL2阻害剤が1型糖尿病と2型糖尿病の両方の患者のケトアシドーシスのリスクを高めることを示唆する医学文献の報告が先行しました。

例えば、1型糖尿病患者を対象とした8週間の研究では、エンパグリフロジンで治療を受けた患者の約5%(42人中2人)が糖尿病性ケトアシドーシスを発症したため研究から離脱しました。
 
さらに、SGLT2阻害剤は、負に帯電したケトン体の再吸収を促進することが指摘されています。

つまり、SGLT2阻害剤はケトン体生成の増加と腎クリアランスの減少の組み合わせにより、循環ケトン体レベルを増加させる相加効果を発揮します。したがって、インスリン依存性の1型糖尿病患者に SGLT2 阻害剤を投与すると、循環ケトン体レベルが上昇し、ケトアシドーシスを発症しやすくなるという警告です。



【SGLT2阻害剤は尿からのケトン体再吸収を促進する】

血中のケトン体が増えると尿中のケトン体濃度も増えます。ケトン体はグルコースの代わりになるエネルギー源なので、生体に有用な成分です。そのため、尿中に濾過された原尿中のケトン体は尿細管で再吸収されます。以下のような報告があります。

Tubular reabsorption and urinary excretion of acetoacetate and 3-hydroxybutyrate in normal subjects and juvenile diabetics(健常者および若年性糖尿病患者におけるアセト酢酸および3-ヒドロキシ酪酸の尿細管再吸収と尿中排泄)Acta Med Scand. 1977 Jan;201(1-2):63-7.

アセト酢酸と 3-ヒドロキシ酪酸の腎臓での取り扱いについて、健常者 8 名とインスリン治療を受けた若年糖尿病患者 7 名を対象に、DL-3-ヒドロキシ酪酸ナトリウムの静注前後で検査されました。

健常者でも糖尿病患者でもケトン体は再吸収されました。アセト酢酸および 3-ヒドロキシ酪酸の濾過速度が低い場合、再吸収はほぼ完全でした。
濾過速度の増加に伴い、アセト酢酸および 3-ヒドロキシ酪酸の尿細管再吸収速度と尿中排泄速度の両方が直線的に増加しました。
 
 
3-ヒドロキシ酪酸はβヒドロキシ酪酸と同じです。ラセミ体のDL-3-ヒドロキシ酪酸ナトリウムを静注して、尿中の排泄と再吸収を検討すると、ケトン体は糸球体で濾過されたあと、尿細管で再吸収されています。ケトン体の濾過量が少なければ完全に再吸収されますが、濾過されるケトン体が増えると、それに比例して、再吸収量と尿中への排泄量が増えるということです。

血糖が上がると尿糖が増えるのと同じで、ケトン体も血中濃度が増えると、再吸収速度に限界があるので、尿中に排泄されるケトン体も増えます。
 
絶食期間に応じてケトン体の産生が増えますが、10日以上になると血中のケトン体濃度はほぼ一定になります。ケトン体の血中濃度が増え、尿中に濾過されるケトン体の量が増えると、再吸収速度も比例して増えます。

陰イオンのケトン体の排泄を減らせると、長期にわたる飢餓時の尿中からの陽イオンの大量損失が防止されます。アンモニウムは長期の絶食中に排泄される主要な陽イオンとなるため、ケトン体の腎臓による再吸収の増加により体タンパク質の損失が最小限に抑えられ、高い循環アセト酢酸濃度とベータヒドロキシ酪酸濃度の維持に役立ちます。

SGLT2阻害剤は尿細管でのケトン体の再吸収を促進して、血中のケトン体の濃度を高める作用があります。



【SGLT2阻害剤によるケトーシス(ケトン血症)亢進は諸臓器を保護する】

ナトリウム・グルコース共輸送体 2 (SGLT2) 阻害剤は、最新のクラスの血糖降下薬の 1 つであり、現在、2型糖尿病の治療に強く推奨されています。

SGLT2 阻害剤による糖尿は、体重の減少をもたらし、それに伴う浸透圧利尿作用により最終的には血圧が低下します。したがって、SGLT2阻害剤は肥満や過体重の患者、および2型糖尿病を伴う高血圧において非常に有益です。
さらに、SGLT2阻害剤は心血管機能と腎機能を良くする作用があります。
 
SGLT2阻害剤は低血糖を引き起こす傾向は低いですが、それでも、糖尿のため、生殖器感染症および尿路感染症の可能性があり、軽度の脱水症状により時折起立性低血圧を引き起こす可能性があります。さらに、前述のように米国食品医薬品局 (FDA) は 2015 年 5 月、1型糖尿病患者と2型糖尿病患者の両方におけるSGLT2阻害剤の使用に関連して糖尿病性ケトアシドーシス のリスクが増加する可能性があるという警告を発表しました。
 
しかし、最近の研究で、SGLT2阻害剤による心血管機能と腎機能の改善効果は、ケトン体産生が関与している可能性が指摘されています。例えば、以下のような報告があります。

SGLT2 Inhibition Mediates Protection from Diabetic Kidney Disease by Promoting Ketone Body-Induced mTORC1 Inhibition(SGLT2阻害はケトン体誘導性mTORC1阻害を促進することにより糖尿病性腎疾患からの保護を仲介する)Cell Metab. 2020 Sep 1;32(3):404-419.e6.

【要旨】
SGLT2 阻害剤は、糖尿病性腎疾患の患者に強力な腎保護をもたらす。 しかし、そのような保護作用のメカニズムは明らかではない。 今回我々は、非タンパク尿性糖尿病性腎疾患の動物モデル(高脂肪食を与えられたApoEノックアウトマウス)の損傷した近位尿細管において、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1(mTORC1)の過剰活性化によりATP生成が脂肪分解依存からケトン体分解依存に移行したことを報告する。

さらに、SGLT2阻害剤のエンパグリフロジンが内因性ケトン体レベルを上昇させ、エンパグリフロジンの使用またはケトン体前駆体である1,3-ブタンジオールによる治療により、マウスの腎臓のATPレベルの低下と臓器損傷が防止されることも発見した。

エンパグリフロジンの腎保護効果は、ケトン体生成の律速酵素である Hmgcs2 (3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA synthase 2:HMG-CoA合成酵素2)の遺伝子欠失によって消失した。 さらに、ケトン体は糖尿病 db/db マウスにおける mTORC1 関連の糸球体上皮細胞の損傷とタンパク尿を軽減した。 我々の発見は、SGLT2阻害に関連する腎保護がケトン体の上昇によって媒介され、それが非タンパク尿性糖尿病性腎疾患およびタンパク尿性糖尿病性腎疾患で起こるmTORC1の過剰活性化を修正することを示している。
 
 
SGLT2阻害剤は、糖質制限と同様に、燃料消費をグルコースから脂肪酸にシフトすることでケトン体濃度を増加させます。 SGLT2阻害剤を介した糖尿病腎疾患からの保護には、ケトン体による mTOR 阻害が関与していることを指摘しています。
 
私の場合、SGLT2阻害剤を服用して1日絶食すると、6時間後以降βヒドロキシ酪酸の濃度は0.6mM から1.0mM程度まで上昇します。(下図)


図:朝食を抜いてSGLT2阻害剤のカナグリフロジンを100mg服用して、その後絶食すると血中のβ-ヒドロキシ酪酸の濃度は6時間後以降0.6mMを超え、12時間後には1.0mMに達する。
 
 
個人差はありますが、通常の絶食では、血中のβヒドロキシ酪酸濃度は12時間〜24時間の絶食で0.3mM〜0.5 mM、2〜3日の絶食で1.5 mM 、8日間の絶食で5 mM程度と言われています。SGLT2阻害剤を使うと絶食時のケトン体合成を促進する効果があります。

がん治療や抗老化の目的でケトン食やケトン体サプリメントで血中のケトン体を増やすとき、SGLT2阻害剤を利用すると、楽にケトン体を上げられます。

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