98)がんは「病気」か「必然」か?:DNA複製エラーが進化を促進し、がん細胞を発生する
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術98
ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。
【胎生期の細胞分裂で遺伝子変異が起こる】
「私たちの体を構成する細胞は全て同じ遺伝子(ゲノム)を持っている」と一般的に考えられています。しかし、これは正確には正しくありません。
私たちの体は、「遺伝子の塩基配列が所々異なるDNAを持った細胞集団がモザイク状に存在している」というのが正確な表現です。
胎生期(受精から出産までの期間)に子宮内で新生児になる発達過程において、1個の受精卵が最終的に数兆個の細胞に増加します。体の大きさ(体積)によって体を構成する細胞の数も変わりますが、成人では赤血球を除くと凡そ10兆個という膨大な数の有核細胞が人体を構成しています。
個々の細胞の大きさは幼若個体と成熟個体とで大差ありません。1個の細胞の遺伝子のDNAの量は胎児も老人も同じだからです。したがって、体重3kgの新生児は1兆個前後の体細胞(赤血球を除く)から構成されると推定されます。
1回の細胞分裂で1個の細胞が増えます。1回の細胞分裂で1個の細胞が2個になるからです。したがって、新生児の体細胞の数がN個だとすると、1個の受精卵から出産するまでにN—1回の細胞分裂を行ったことになります。
これは発育過程で1つの細胞も細胞死を起こさないという条件であり、実際は臓器や組織の形が作られる過程でアポトーシス(プログラム細胞死)によって不用な細胞は死滅します。
したがって、1個の受精卵が新生児になる過程で、子宮内で胎児の体の中では、1兆回以上の細胞分裂(DNA複製)が起こっていることになります。
1個の受精卵から細胞分裂によって細胞が1兆個まで増えて赤ん坊として生まれるまで、全てのDNA複製でエラーが1回も発生しなければ、その新生児を構成する体細胞は全て完全に同一の遺伝情報(DNA)持っていることになります。
しかし、1兆回以上の細胞分裂を行う過程で、ある確率でDNA複製のエラーが発生しており、そのため、新生児の体細胞の遺伝情報は完全に同一でなく、変異遺伝子を持つ細胞集団がモザイク状に存在することが明らかになっています。
つまり、どこかの段階で遺伝子変異が発生すると、その細胞が分裂することによって変異した遺伝子を持った細胞集団が構成され、このような同じ変異遺伝子を持った細胞集団がモザイク状に存在する個体が形成されることになります。
つまり、私たち個々の体は、全ての細胞が完全に一致したゲノムを持っているのではなく、遺伝子の塩基配列が所々異なるDNAを持った細胞集団がモザイク状に存在しているのです。これを体細胞における遺伝子のモザイク現象(genetic mosaicism)と言います。
そして、このようにモザイク状に存在する遺伝子変異を持った細胞集団から、将来的にがんが発生したり、神経変性疾患(筋萎縮性側索硬化症など)の発症に関連することが推測されています。
つまり、胎生期におけるランダムに発生するDNA複製エラーが、生まれてからの病気の発症に関与することが指摘されています。(下図)。
図:1個の受精卵から約1兆個の体細胞からなる新生児に発育する過程で1兆回以上の細胞分裂が起こっている。DNA複製時にある確率でエラーが発生するため、新生児の体細胞の遺伝情報は全ての細胞で完全に同一ではない。発育過程で遺伝子変異が発生すると、その細胞が分裂することによって変異した遺伝子を持った細胞集団が構成される(図の緑や青やオレンジの細胞集団)。つまり、私たちの体は、全ての細胞が完全に一致したゲノムを持っているのではなく、遺伝子の塩基配列が所々異なるDNAを持った細胞集団がモザイク状に存在している。これを体細胞における遺伝子のモザイク現象(genetic mosaicism)と言う。
【がんは個体を殺し、種を救う】
がんは、心筋梗塞や脳卒中やアルツハイマー病などと同様な老化に伴って発症する「病気」と認識されています。しかし、がんは他の老化関連疾患とは性質がかなり異なります。
がん以外の疾患は、臓器や組織の機能の低下や細胞の死滅が原因となって発症します。つまり、心臓病や脳疾患や代謝性疾患などは、特殊な細胞の喪失や、臓器や組織の機能の低下や喪失が発症の原因となっています。
一方、がんは、新たな特殊な機能をもった細胞によって構成される「新たな臓器や組織の発生」によって引き起こされます。
がん組織は異常な増殖能を持った細胞の塊ですが、様々な間質細胞や血管を取り込んで、新たな一つの臓器や組織といえる集合体を作っていると捉えられています。
そして、この新たに発生した「がん」という組織の機能は「宿主を殺す」ことです。つまり、無制限に増殖し続けるという機能によって「個体を殺す」という働きをもった新しい臓器が発生することになります。
正常な組織や細胞が喪失し、機能が低下すれば、それは個体を殺すことになります。しかし、生物個体は、より積極的に個体を死滅させるメカニズムを用意していると言えます。それが「がん(癌)」です。
がんは生命体の恒常性の破綻によって発生します。体内の細胞の増殖や細胞死は遺伝子によって厳密に制御されています。生物には、遺伝子変異を修復したり、異常細胞をアポトーシスで死滅させたり、がん細胞を排除する免疫系などの恒常性を維持するメカニズムが存在します。老化によってこれらの恒常性維持機能や免疫監視機能が低下する結果として、必然的にがんが発生します。
「がん(癌)は個体を殺し、種を救う(Cancer kills the individual and save the species)」という考え方があります。
ほとんどの生殖細胞系変異は内因性のプロセス(DNA複製時のエラー)によるものです。 この生殖細胞系突然変異の内因性制御が重要な生物学的機能を果たしています。進化時間中の適応のための十分な変動を生み出すためには、一定の割合の突然変異が必要とされます。
しかし残念なことに、必要な突然変異率はひどい代償をもたらします。つまり、遺伝病やがんの発生です。その結果、最適な突然変異率は、遺伝病やがんが多発して種の維持が困難にならず、かつ、環境変化への適応に必要な変動を維持するためにちょうど十分なレベルであるべきです。
【遺伝子の変異とは】
DNAの遺伝情報には、細胞を形作り機能させるためのタンパク質の作り方と、その発現の量や時期を調節するために必要なマニュアルが組み込まれています。したがって、この遺伝子情報に誤りが生じるとその細胞の働きに異常が生じます(下図)。
図:正常な遺伝子から正常なタンパク質が産生されることによって細胞は正常に機能する。遺伝子が変異すると異常なタンパク質が作られるか、タンパク質ができない。その結果、細胞の機能に異常が発生する。
正常な細胞であれば、止めどなく分裂増殖を繰り返すということはありません。それはDNAの情報によって、分裂増殖のペースや限度がコントロールされているからです。しかし、この細胞増殖をコントロールしている遺伝子に異常が生じると細胞は際限なく分裂を繰り返すがん細胞となるのです。
誤りを起こす原因は、DNAに傷がついて間違った塩基に変換したり、遺伝子が途中で切れたりするためです。これをDNAの「変異」と呼び、DNA変異を引き起こす物質を変異原物質とよびます。環境中には、たばこ・紫外線・ウイルス・食品添加物など変異原物質が充満しています。
変異原物質は、体内でのエネルギー産生や物質代謝の過程でも作られます。酸素呼吸をすると細胞のミトコンドリアで活性酸素が発生し、この活性酸素はDNAを酸化して遺伝子変異の原因になっています。つまり、私たちが酸素を吸って呼吸していること自体が、がんを発生させる原因の一つになっています。
変異原物質の共通の性質は強い化学反応性を持ち、フリーラジカルを生成する点にあります。フリーラジカルとは反応性の高まって他の物質を酸化する原子や分子のことです。化学反応性に富むため、DNAと反応してDNA変異を生じさせるのです。
抗がん剤といわれる薬品の中にはDNAと反応したり、フリーラジカルを発生させるため、変異原物質となるものが多くあります。放射線も活性酸素を発生してDNA変異を起こします。したがって、抗がん剤や放射線は発がん剤の性格も持っているのです。
さらに体内では多数の細胞分裂が起こっており、DNA複製の時にある確率で遺伝子変異が起こります。このDNA複製におけるエラーががんの発生の最も多い原因という意見もあります。
図:「組織幹細胞の遺伝子変異の蓄積」によってがん細胞が発生する。この遺伝子変異は、内因性(DNA複製時のエラー)と外因性(喫煙や放射線や活性酸素などの発がん物質による遺伝子変異)の発がん因子によって発生している。DNA複製エラーによる内因性要因と、外界からの発がん因子による外因性要因の関与の割合に関しては、様々な議論がある。
【DNA複製時にエラーが起こる】
細胞分裂のときにDNAの複製が起こります。DNAは約30億塩基対から成る2本の鎖状になって、DNAポリメラーゼによって複製が起こります。1回のDNA複製で、特定の1個の塩基が変異する確率は10-9〜10-10のレベルです。10億から100億回のDNA複製で、DNAのある特定の塩基が1回変異します。
DNAを複製するDNAポリメラーゼが間違った塩基を取り込む頻度は10-5のオーダーですが、そのDNAポリメラーゼの校正活性で、すぐさま99%は訂正されるので、残されるエラーの頻度は、10-7のオーダーです。
残ったエラーの99.9%は、DNA複製後にミスマッチ修復系で修復されるので、生体内のDNA複製で、最終的に間違った塩基が入る頻度は10-10のオーダーになります。
一つの遺伝子には数百から数千の塩基が存在しますので、一つの遺伝子が1回の細胞分裂で変異を起こす確率は10−7 から 10−6と考えられています。つまり、1個の遺伝子に変異が起こる確率は100万回から1000万回の細胞分裂当たりで1回です。
成人の体では1日に200分の1の細胞が死んで、組織幹細胞から新しい細胞が作られています。
人体の有核細胞数を10兆個として1日に500億個の有核細胞が作られている計算です。このペースだと1年で18兆個の細胞になり、80年間生きたとして1500兆個の細胞が産生されたことになります。
別の論文では「体が一生の間に生産する細胞の数は1016以上」と計算しています。
1016は1京(=1兆の1万倍)です。この数は、今まで(数千万年前から)地球上に存在した全ての霊長類の数を合わせたものよりも多いと言われています。
いずれにしても、私たちの体の中では、一生の間に数千兆回の細胞分裂(DNA複製)が起こっていることになります。
数字が膨大で、計算するのも大変ですが、このような膨大な細胞分裂によって、体内ではがん細胞が発生し、免疫監視機構を免れたがん細胞が増殖します。その結果、ヒトでは、一生の間に2から3人に一人くらいの確率で臨床的ながんが発生しているという事実の原因になっています。
図:ヒトでは1回のDNA複製で、特定の1個の塩基が変異する確率は10-9〜10-10のレベルで、体内では一生の間に数千兆回の細胞分裂が起こっている。その結果、多数のがん細胞が発生しているが、変異細胞はアポトーシスで自滅したり、免疫監視機構で排除されている。しかし、一部のがん細胞が増殖し、その結果、一生の間で、2人から3人に一人が臨床的ながんを発症するという状況にある。
【生殖細胞性変異と体細胞変異】
遺伝子変異には、親から受け継ぐ先天的なものと、生まれた後に起こる後天的なものとがあります。先天的な変異は体を構成するすべての細胞に見られるDNAの変異です。それゆえ先天的な変異は生殖細胞性変異とも呼ばれます。それは遺伝子の変異が生殖細胞(germ cells;子供を作るのに必要な精子や卵子)の中に存在し、親から子へ、世代から世代へと受け継がれていくからです。その変異は細胞が分裂するたびに複写され、全細胞が同じ変異を持つことになります。
後天的変異とは、体細胞変異とも呼ばれますが、ヒトが生きていく過程において引き起こされるDNAの変異です。遺伝性の変異との違いは、体細胞変異は一つ一つの細胞のDNAの中で起こり、変異が起こった細胞に由来する細胞のみに受け継がれることです。
後天的変異は、ひとつの細胞が二つに分かれる細胞分裂の際に、DNAの偶然のミスによってしばしば引き起こされます。また放射線や毒物といった環境からの要因によって引き起こされることもあります。
変異は体のどの細胞でも常に起こっています。しかし、通常すべての細胞には変異を認識する能力が備わっており、その変異が次の細胞に受け継がれる前に修復されます。しかし、細胞のDNA損傷の修復メカニズムが破綻していたり、弱っていたりする場合、加齢とともに修復能力が落ちてしまう可能性があります。その結果、長い間に、その変異が蓄積されてしまうのです。
【DNA複製時の変異率がゼロになると生物は進化しなくなる】
前述のように、生物はDNAポリメラーゼのDNA複製の精度を高めたり、ミスマッチ修復能の効率を高めることによって、DNA複製時の変異を限りなくゼロに近づけることもできます。
もし、DNA複製時の変異をゼロにし、DNA修復能を高めれば、がんの発生を極端に減らすことができます。したがって、がんの発生を抑制することが種の維持や発展にプラスに働くのであれば、当然、がんの発生を少なくするように、DNA複製時の変異をゼロにするような進化圧が働くはずです。
しかし、現実は多くの動物はある一定の率でがんが発生しています。そのがんの発生率はその種を滅ぼすほど高くは無いが、無視できるほど低くはありません。
ヒトの場合、高齢化の進んでいる先進国では、20から40%くらいががんで死亡しています。一生の間で2人から3人に一人ががんを発症しています。
この発生率は非常にバランスが取れていますが、この程度が、生物の進化を維持しながら、種を維持するのに丁度良いのかもしれません。
それは、DNA複製時の変異率がゼロになると生物は進化しなくなるからです。生物は環境の変化に適応するために、少しずつ進化します。環境の変化に適応できたものが生き残り、適応できない生物は絶滅します。
このような進化は、生殖細胞系に起こる突然変異によって生み出されます。つまり、生殖細胞系に起こる一定の率での突然変異の発生が、種を進化させます。
DNA複製エラーがゼロで、修復システムも完璧だと、突然変異が起こらないのでその種は進化しなくなります。このような生物はがんも遺伝病も発生しなくなりますが、環境の変化に適応できずにいずれ絶滅する可能性はあります。
その種にとって最適な突然変異率は、環境の変化に対する適応に必要な突然変異率を維持し、遺伝病やがんによる死亡で種が絶滅しないためにちょうど十分なレベルであるべきです。
それが、一生の間で、数分の1の個体ががんで死亡するくらいの突然変異率が丁度良いのかもしれません。つまり、生物の進化の観点からは、生物にとってがんが発生するのは仕方ないということになります。
ただ、この考え方は遺伝子の側の理由です。DNA複製時のエラーがある程度あった方が、種の進化には有利に働くので、必然的にがんが発生するという見解は遺伝子側に立つと妥当かもしれません。
遺伝子は種を繁栄させるために、がんや遺伝病の発生を許容しながら、進化を維持するために、適度にDNA変異が起こる状況を維持しています。
しかし、がんや遺伝病で死にたくない脳は、ゲノム編集などの技術で、DNA変異を起こさない個体を作り、がんや遺伝病を発生させない技術を持っています。DNA複製時エラーが起きなくて進化が起こらなくても、ゲノム編集によって進化もコントロールできると脳は考えています。
生物界は遺伝子と脳の戦いと言われていますが、最近では、ゲノム編集技術を持った脳が遺伝子を完全に圧倒していると言えるかもしれません。
がんの発生は、遺伝子にとっては「必然」ですが、脳にとっては「病気」であり、この「遺伝子と脳の戦い」は、最近では脳が勝っているようです。
つまり、いずれ人類はがんを制圧できると考えられます。問題は、それが数年後なのか、10年後なのか、50年後なのかと言うことだけです。
図:細胞分裂時にある一定の確率でDNA複製エラーによる遺伝子変異が発生する(①)。精子や卵子の生殖細胞に起こった遺伝子変異は、遺伝病の発生を引き越すが、進化を促進する効果がある(②)。体細胞に発生した遺伝子変異はがん細胞を発生させる(③)。生殖細胞変異は子孫に継承されるが、体細胞変異は子孫に継承されない(④)。DNA複製エラーをゼロにすれば、遺伝病もがん細胞も発生しないが、その種は進化できないので、環境の変化に適応できずに絶滅するリスクがある。一方、遺伝子変異が高頻度に発生すれば、遺伝病とがんの発生でその種は絶滅するリスクがある。したがって、遺伝病やがんの発生と、種の進化との間にはトレードオフの関係が成立する。ヒトの場合、一生の間に2から3人に一人ががんで死ぬくらいのDNA複製エラーとDNA修復能力が、このトレードオフで最適なレベルなのかもしれない。
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