見出し画像

不倫裁判百選85原告が被告の親に手紙を送付する行為は不法行為が成立するか?

0 はじめに

不倫裁判百選では、原告の慰謝料請求に対する主張を分析し、被告の反論を検討してきました。今回は、原告が被告に対し手紙を送付する行為をもってこれが逆に不法行為が成立すると主張し、逆に訴訟提起されてしまった例を扱います。訴訟の原告であったはずの請求者が、逆に訴訟提起されてしまうことを、反訴といいます。

1 事案の概要および当事者の主張

東京地方裁判所において平成30年3月29日に出された裁判例は、原告による慰謝料請求に対し、原告が被告の親あてに手紙を送る行為により、脅迫に該当すると主張し、100万円の慰謝料請求を同時にしています。

‥(中略)‥(3)被告らは,遅くとも平成27年12月下旬頃から肉体関係を持つようになった(甲3ないし9)。
(4)被告Cは,原告に対し,平成28年1月下旬頃から離婚を求めるようになった。
(5)原告と被告Cは,平成28年4月13日に協議離婚をした。
(6)被告Cの両親は,平成28年7月7日頃,差出人として原告が表示された手紙(乙イ1,以下「本件手紙」という。)を受領した。本件手紙には,以下のような記載があった。
 「今回,Cから切り出したお互いに協議しての離婚ということになってますが,実際はCに男がいて,その男と付き合う為に離婚したかったというのが事実です。しかもその男にも奥さんがいて2人とも不貞を行っていた(男は今も)のです。男は大同生命の内勤スタッフで今年で定年を迎えるような年です。」「頻繁に都内のラブホテルやビジネスホテルへ週1回は出入りしてることが判明しました。」
 「今思うとここ数年段々,仕事の質が落ちてきてるようにも感じます。つまりマッサージという不特定多数の人の体に触れる仕事,保険の営業と社会的に低く見られる仕事に偏ってきたようにも感じられるのです。そこに今回のこういった不倫,何かやっていいことと悪いことのタガがCの中で外れてしまったではないかとも感じてます。もともと何かを始めても安易に諦めてしまう部分があり,このまま悪い方に向かい,極端な話 風俗とかそういった方にいってしまわないか,非常に心配です。」
 「一方,今,ようやく証拠がそろい,弁護士を通じて男にたいし訴訟を行う旨の通知を送ったばかりです。悪は成敗されねばなりません。請求した慰謝料にたいし全額支払う意思が示されない場合,反省してないと判断して男の会社や住居近辺へ事実を公開し社会的な制裁を受けてもらうつもりです。また当然,Cにも責任はあるので対立関係になると思われ,そちらとお会いすることはもうないでしょう。」

2 争点と当時者の主張

本件では、原告による手紙の送付行為に対し、被告が訴訟を提起している状況を扱いますから、被告の主張からです。

本件手紙の発信者と原告の不法行為の成否(被告Cの主張)
ア 本件手紙の内容は,被告Cが頻繁に不貞行為に及んでいた事実を摘示しており,これを被告Cの両親に郵送することは,被告Cの社会的評価を低下させ名誉を毀損するものである。また,本件手紙は,被告Cが誇りをもって真摯に取り組んできた仕事を社会的に低く見られる仕事などと,社会通念上容認できない人格攻撃の文言により誹謗中傷するものであり,被告Cの人格権を侵害するものである。さらに,本件手紙は,被告らの勤務先に不貞の事実を公表して被告らに害悪を加えることを告知するもので,悪を成敗などと過激な言葉で恐怖心を増大させており,被告Cを脅迫するものである。
 本件手紙は,両親その他の親族に見られる可能性があり,現に両親以外の者にも伝播しているから,これを郵送する行為は,被告Cに対する権利侵害に当たり不法行為を構成する。
イ 原告の実妹が本件手紙を作成・送付したとする原告の主張は,内容自体が明らかに不合理であり到底信用できず,その内容や文章の体裁,離婚後に送付された時期からしても,原告自身が感情のまま腹いせや嫌がらせのために作成して送付したとするのが自然である。
(原告の主張)ア 本件手紙は,原告の実妹が作成して被告Cの両親に郵送したもので,原告が作成・送付したものではない。原告が実妹に被告Cの不貞行為に関して相談した際,同内容の文書を送付することを相談したことはあるが,原告はこれを中止した。しかし,原告の実妹は,義憤に駆られて本件手紙を郵送したのであり,原告は,事前に本件手紙の内容を確認したわけではなく,送付するとの話を聞いたわけでもない。
イ 本件手紙は,封筒に入れられて被告Cの両親という特定少数人宛てに郵送されたものであり,その内容が被告Cの両親から広く流布する可能性は皆無であるから,これを被告Cの実家に送付する行為は公然性がなく,不法行為は成立しない。また,本件手紙の内容は,被告Cの職歴についての原告の感想を吐露し,仕事内容から被告Cの状況を案じたものにすぎず,被告Cの人格的価値を否定するものではなく,誹謗中傷ないし人格権侵害には当たらない。
 一般論として,配偶者の不貞行為について配偶者の両親と相談することはよく見られ,本件手紙の記載内容が被告らの不貞行為について若干厳しい表現を用いたとしても,本件手紙を郵送することは,社会的に相当な範囲を超えるものではなく,脅迫等の不法行為を構成するものではない。


3 裁判所の判断

裁判所は、名誉棄損・人格権侵害・脅迫のいずれも成立しないとのべ、不法行為の成立を認めていません。

争点(2)(本件手紙の発信者と原告の不法行為の成否)について   (1)上記前提事実及び証拠(甲12,乙イ1,原告本人,被告C本人)並びに弁論の全趣旨によれば,本件手紙は,原告と被告Cの協議離婚が成立してから約3か月後に郵送されたもので,その文面は,被告Cが原告との婚姻期間中に不貞行為に及んでいた事実,不貞行為が判明した経緯や証拠,被告Cの職歴,被告Bに対して損害賠償を請求した事実等を詳細に述べた上で,これらに基づいて,被告らが不貞関係に至った原因や理由等についての原告の所感や推論を被告Cの両親に伝え,今後は対立関係になると思われることを伝達するものであることが認められる。
 以上のような本件手紙の記載内容等に照らせば,本件手紙は,これらの事実を経験した原告自身の認識及び意見が記載されたもので,これを郵送する動機も原告に存するものと認められるから,原告が作成して発送したと認定するのが相当である。‥(中略)‥
(2)もっとも,本件手紙は,被告Cが不貞行為に及んだ事実を摘示し,被告Cの社会的評価を低下させる内容であると認められるものの,これが被告Cの両親のみに宛てて発送されたものであり,その内容も被告Cの両親にとって拡散を望まないものであることに照らすと,被告Cの両親が本件手紙の内容を不特定又は多数の第三者に開示することはにわかに想定し難く,開示を受けた被告Cの姉等の特定の親族がこれをさらに伝播する現実的な危険性も認められないから,本件手紙の送付は,公然性を欠くというべきであり,被告Cに対する名誉毀損を構成するものではない。
 また,本件手紙には,原告が被告Cの職歴について社会的に低く見られる仕事であるとの考えを述べている部分や,原告が被告Bに対する損害賠償を請求する手続を行うことにつき,悪を成敗するとの表現を用いたり社会的制裁を受けさせると述べたりしている部分が認められるものの,原告が不貞行為に及んだ被告らに対する一定の悪感情を抱くのはやむを得ない面もあることも考慮すれば,本件手紙の文面は,比較的穏当な表現を用いて不貞行為に至る経緯や今後の方針についての原告の考えを述べる形式となっており,ことさら被告らに対する人格攻撃に当たるような表現方法が用いられたものではないというべきであるから,これを読んだ被告ら及びその両親が不快感等を抱くことは想像に難くないものの,これが直ちに被告Cの人格権を侵害するものとは認められないし,被告Bに対する害悪を被告Cの両親に告知することが,被告Cに対する脅迫を構成するものとも認められない。

 4 若干の検討

裁判例は、原告が被告Cの職歴について「社会的に低く見られる仕事であるとの考えを述べている部分」「原告が被告Bに対する損害賠償を請求する手続を行うことにつき,悪を成敗するとの表現を用いたり社会的制裁を受けさせると述べたりしている部分」については、否定的な評価を下していますが、原告による一定の悪感情を抱くのはやむを得ないと指摘して、配慮を示しています。悪感情を抱くのはやむを得ないからといって、手紙への送付行為について不法行為が成立する、しないとの判断はできないと思いますが、その後、本件手紙の文面は,比較的穏当な表現を用いて不貞行為に至る経緯や今後の方針についての原告の考えを述べる形式となっており,ことさら被告らに対する人格攻撃に当たるような表現方法が用いられたものではないというべきとも指摘します。人格攻撃に及んでいる内容かどうかを問題にするのはわかりますが、被告Bに対する害悪を被告Cの両親に告知することそのものを問題視するほうが適切ではないか?




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?