銀沖小説[銀八がカッコよく見えるなんて絶対おかしい]

●銀魂の坂田銀時、沖田総悟のカップリング小説です●BL展開ですので苦手な方は回避お願いいたします●銀魂©空知英秋の二次創作で妄想です
※3Z設定の二次創作です

「卒業式まであとちょうど3か月か」
そんなことを隣の席に居る土方がボソッと言うから、改めて気付いた12月初旬。
高校生活も残りそれだけと思うと、今更焦るというか、もったいない感じがするというか。
大学進学も決まってるし、一人暮らしの住まいも決まってる。
後は遊んでだらだらしてりゃいいやと思っていたのに、何となく“このままでいいのか?”って気持ちに火が付く。

「アンタと離れられるのは嬉しくてたまんねえけど、近藤さんやこのクラスのバカ連中と離れるのはちょっと寂しい気もしねえでもねえな」
「俺も淋しいよぉ総悟~、お妙さぁん」
前に座っていた近藤さんが俺の方向いて、涙目で机に突っ伏す。
あんたはどうせストーカーすんだから、志村妙とは離れねえでしょうが、そうするでしょうが。

ガツンッ。
土方の頭にボロボロのサンダルがヒットした。
「うるせえぞ、お前らぁ」
教壇に立っている銀八が投げたもんだけど、よくあそこからここまで正確に投げられるよな。

「せんせー、騒いでんの近藤さんと総悟なのに、何で俺なんですか!」
「あー土方、お前の顔がうるさかったからだぁ」
「顔!?なんで顔!?」
「せんせー、ヅラの髪もうるさいアル」
「はい、ヅラ今すぐ坊主な」
「んなっ…しかし、ここはリーダーとして皆に見本を見せねばなるまい。エリザベス!バリカンを持ってこーい!」
「せんせー、私もっ、私もっ、うるさいからお仕置きしてっっっ」
「猿飛、お前は自分で自分を拘束して廊下に出とけ」
相変わらず現国の授業が行われる気配はない。いつものことだ。
銀八が相手だとクラス全員が馬鹿になる。つか、もともと俺含めバカ騒ぎが好きな馬鹿ばっかりなんだけど。

クラス全体がワーワーギャーギャー言ってる中、何となく銀八の顔を見た。
このだらしない顔を見るのもあと3か月…と思ったら俺の目がおかしくなった。

アレ?銀八ってこんなカッコよかったか?

あっちこっち跳ねてる天パが綿あめみたいに美味しそうに見えるし、だらしないヨレヨレ白衣も少し下がったメガネも男の色気みたいに感じる。
そもそも、全体にキラキラ輝いて見える。今日は天気も良くないし、逆光があるわけでもないのになんでだ?

そう思ったら身体が熱くなってきた。
風邪?知恵熱?腹こわした?分かんねえ。なんだか分かんねえ、でもおかしい。
だって、あの銀八がカッコよく見えるなんて、絶対俺がおかしくなったに違いない。

ことの真意を突き止めるため、放課後に国語準備室を訪れた。
「銀八ぃ、顔見せて下せェ」
「沖田ぁ、銀八じゃなくて先生な。なんだよ顔見せろって」
「いいから、いいから」
机に座って何か書いていた銀八の左側に、パイプ椅子出して座る。
ぐぎっ。
思いっきり音立てて銀八の顔を自分の方に向かせる。

「いでででで、首が曲がっちまうだろ何すんだよ!」
「首は曲がるようにできてまさ。見たいんでさァ顔を、もっと良く」
こちらに向かせた銀八の顔に、俺の顔を近づける。その距離10センチくらい。

良く見ると銀八の顔は整ってる。今まで中の下くらいに思ってたのに、近くで見たからか上の上に見えてきた。顔の良さ度でいったら、俺が100で土方が20なら銀八は180くらいに思える。
おかしい、今までは3くらいに思ってたのに。たぶん。

「眉毛も銀色?」触りながら確かめる、ちょっとつまんで抜きもしながら。

「痛っ、抜くんじゃねえよ」銀八の抗議は無視する。

「眉毛と目の間が離れてる。あと、ちゃんとふたえ」メガネを外して机に置いたけど抵抗されなかった。

「まぶたをなぞるな、もっと離れちまうだろうが」少し唇尖らせて、不満そうに言う銀八。

「まつ毛も銀色…でも目は紅い?死んだ魚の目…」目を覗き込むと俺が映ってた。

「沖田のまつ毛も髪の色と一緒…みたいだな」そうか、俺がこんなに近くで銀八を見れるってことは、銀八にも俺が見られてるってことか。身体がまた熱くなる。

「鼻、意外と高いし、唇うすい」右手の人差し指で鼻筋をすっとなぞって唇まで持っていく。

ぱくっ。「ほまえの、指あ、ほへぇな」銀八が俺の指くわえて軽く歯を立てる。咥えたまましゃべるから変な発音になってる。

「なんで俺の指食べるんでさァ」そう聞くと、銀八は答えずに俺の指先をちろちろと舐めた。

ぱた…ぱたぱた…バタバタバタッ。
廊下の足音がこちらに向かって大きくなってきたと思ったら、急に俺の身体が浮いた。それと同時に国語準備室の扉を誰かが開けた。

「いた!坂田先生!職員会議始まってますよ!!急いで来てくださいっ」
「すいませぇーん、生徒指導に時間くっちゃって」
教頭先生に向かって、銀八がそんなことを話している。

俺はいつの間にか立たされていて、少し離れた場所で二人の会話を聞くことになった。
その状況を見て、初めて俺が猫の子みたいに首根っこ掴まれて、引きはがされたんだって理解する。

「沖田、今日はもう帰っていい」
「へーぃ」
銀八が相手をしてくれないならツマラナイ。近づいて見ていた時はあんなに色っぽい顔してたのに、他の奴が来たら先生の顔になったのもツマラナイ。
まだ3か月ある。だから焦らずいけばいい。銀八が格好良く見える原因を、俺がおかしくなった原因を、徐々に突き止めればいい。そう思って帰ることにした。

次の日。教室で試してみた。他の奴でもあんな風に近づいたら格好良く見えるんだろうか?
「土方さん、アンタ相変わらず瞳孔開いてやすね」
「何すんだ総悟、近い、近いっ!」
昨日、銀八に近づいたのと同じくらいの距離で土方の顔を見てやる。
俺はちっとも良いと思わねえが、土方は銀魂高校でも顔が良いって一二を争う位の女子人気がある。ただ、ほとんど登校してこないし、片目しか見せていない熱血硬派高杉くんがそれに準じること考えると毎日登校してる土方結構負けてんじゃね?

「顔が良いって言われてるわりには、なんかこうカッコよく見えないっつーか、輝きがねえっつーか」
「誰と比べてんだよ!顔ベタベタ触るな!!」
眉毛や鼻を触ってもなんとも思わない。色気だって感じない。近づいてもカッコいいと思えない。
なんでだろ、銀八は女子人気あんまねえのにな…。

がらっ。ぐいっ。あ、昨日と同じ感覚。

銀八が教室に入って来たと思ったら、昨日みたいに首根っこ掴まれて土方から大きく引きはがされた。
「何してんだ沖田。放課後、国語準備室に来い」
「えー?何で俺だけ?」
「教室でいちゃいちゃしてるからだ」
「せんせー、いちゃいちゃなんてしてません。総悟が急に顔良く見せろって触ってきやがって」
「べつに減るもんでもねェのに、なに被害者ぶってんでィ土方」
「はい、またお前のイタズラなのは分かったから、沖田は放課後お説教な」
「わっかりやしたぁ」
説教は面倒だけど、また銀八と二人で話せるなら願ってもない。俺だけ呼んでもらえたことが嬉しかった。

思わずにやけちまった俺を土方が見ている。何か言いたそうな顔で。
「ホームルームはじめんぞぉ」
そんな声が響いたから、奴も俺も何も言わずに席についた。


「銀八ぃ、呼び出されたので来てやりやしたぜィ」
放課後、国語準備室を開けると今日は資料が机に置いてない。
そのかわり、タバコを吸ってるのか口から咥えたものから煙が出ている。あり?レロレロキャンディー高速で舐めてんだっけか?

「座れ」そう言ってパイプ椅子出してくれるから、昨日と同じ場所に座る。
今日は初めから向かい合って話してくれるみたいだ。体を俺の方に向けてくれている。

「沖田、誰にでもあんな風にするのか?」
そう聞かれて返答に迷う。あんな風ってなんのこと?

「あんなって?」
「さっき土方の顔ベタベタ触ってただろ、距離も異常に近かったし」
「普段はそんなことしやせんよ」
銀八の眉間に皺が寄ってる。昨日はそんなことなかったのに、今日は少し機嫌悪りぃのかな。

「じゃあなんでしたんだよ」
「そりゃ、銀八の顔近くで見たらカッコよく見えちまって。俺おかしくなったんかな?と思って同じこと土方で試したんでさァ」
「は?」
今度は銀八の目が丸くなった。近くで見ると、銀八ってこんなに表情変わるんだな。新鮮。

「俺はいつも格好いいだろうが、何で突然」
「アンタとあと3か月しか一緒に居られねえと思ったら、突然カッコよく見えるようになって。俺絶対おかしくなったと思って」
「……それで?土方は格好良く見えたのか?」
「近づいたら銀八には色気も感じたし、今までよりすげえ格好良く見えたのに。土方は全然変わりやせんでした」
「銀八じゃなくて先生な。そっか。それなら、もう近づくのは俺だけにしとけ」
「なんで?」
「勘違いされるから」
「なんの?」
話が見えない。銀八がカッコよく見える問題も解決してないし、俺がおかしくなった原因も分からない。それに勘違いってどういうことか全く理解できない。

「分かんねえなら、一緒に謎解きしようぜ。これからは木曜の放課後ここに来いよ。会議も部活指導もねえ日だから放課後かまってやれる」
「やった!そうしやす」
楽しみだ!自分でも浮かれてるのが分かる。これから毎週木曜は銀八と二人で話せる時間を作れる!

「昨日の続きは?もう俺の顔に触るの満足したのか?」
「もうちょっと見たいし触りたい」
「それなら俺のほうに顔向けてここ座れ、今タバコ消すから」
咥えていたタバコを灰皿に移して、ポンポンっと銀八が自分の膝を叩く。

だから遠慮なく、俺はそこに尻を乗せた。

「タバコくさい。でも、ここに座ると銀八をちょっと見下げられる、いい気分でさァ」
「先生な。タバコ悪かった。これから木曜はレロレロキャンディーにすっか」
「そうして下せェ、んで俺にも分けて下せェ」
「貴重な糖分せびんなよ」
そんな会話しながら俺は銀八の顔をベタベタ触る。やっぱりカッコよく見える。俺は相変わらずおかしい。

トントントン。
「せんせー、沖田まだいますか?」

準備室の扉をノックする音と、土方の声が同時に聞こえた。
けど、昨日と違って俺の身体は浮かない。銀八の膝に座って、向かい合ってる状態のままだ。

「まだいるぞ、入れ」
「失礼しまーすって、何やってんすか!!」
「沖田が俺の顔よく見たいって言うからな」
銀八の顔がやけに意地悪そうに見えた。土方となんか張り合ってるみたいな…。

「セクハラだろ!!先生のくせに」
「土方くーん、女子生徒ならそうだろうけど、この子男の子よ。沖田くん膝に乗せるくらいじゃセクハラにはならないでしょうが」
「俺達にはいちゃいちゃすんなとか言っただろうが!!」
なんかよく分かんねえけど、銀八と土方が言い争ってる。これじゃあ、ゆっくり銀八の顔を触ったり、話したりできない。

「土方さん、アンタ何しに来たんです?」
「お前が遅えから…帰んぞ」
「誰も一緒に帰って欲しいなんて言ってやせんぜ」
「いいから、行くぞ」
土方が強引に腕を引くから、体勢を崩した。しょうがないから銀八の膝から降りて、土方について行く。

「じゃあ、また来まさ」
「はいはい」そう言った銀八の表情はちょっと笑っているようにも見えた。なんで今日は引きはがされなかったんだろ。


「土方さん、なにぶりぶり怒ってんです?なんか嫌なことでもありやした?」
一緒に帰るっつーから、家まで一緒に歩いてやってんのに隣の土方はかなり不機嫌そうな顔をしていた。

「銀八とベタベタすんじゃねえよ」
「ベタベタなんてしてやせん」
ベタベタってなんだよ。ただ膝に乗って顔触ってただけだろ。しかも土方は思いっきりふくれっ面。なんなんだよ。

「アイツはやめろ。勘違いされんぞ」
「勘違いって何を?俺はなんで銀八がカッコよく見えるか調べてただけでィ」
「カッコよくってそれ、お前……とにかく、やめろ」
理由を言わないくせに強い調子で否定する土方に、無性に腹が立った。

「るせっ!保護者づらすんじゃねえよ!!」
「ぶほっっっ!総悟!!」
鞄で殴って飛び蹴りして、俺はその場から逃げた。残り少ない銀八との時間を、ただただ誰にも邪魔されたくなかったから。

それから木曜の放課後はいつも国語準備室に入り浸るようになった。
うるさい土方や心配性の近藤さん、クラスの他の連中にも見つからないようにこっそり忍びこむ。
そんで毎回、銀八の膝に乗って近くで顔見ながら話す。

「メガネかけてるのも良いけど、かけてねえのも良い」
「かけたり外したり忙しいな、そんな弄ってるならレンズ拭いて綺麗にしろ」
「俺はメガネに興味があるんじゃなくて、アンタの顔に興味があるんです。メガネは自分で拭いて下せェ」
こんな風にずっと話していても飽きない。ずっと顔見ていても欠点が見つからない。この時間いいな。

でも…。卒業式まであと2か月を切った。それまでこうして二人で話せる木曜はあと8回しかない。卒業式が終わったら、この楽しい時間も無くなっちまうのか?

急に寂しくなって身体をくっつけた。
見てるだけじゃ物足りなくて、首に腕をかけて銀八の体温が感じられるように胴体を押し付ける。肘から先の腕を抱きしめるように囲い込んで、足も銀八の背中に回してクロスさせる。座ったままで今できる限り密着した。

心臓の音が聞こえてくる、銀八の身体があったかい。自分の身体の芯も熱くなってくる。

なんか、気持ちいい。顔見るだけよりずっといい。

「嫌がらねえんですかィ?男子にこんなひっつかれて気色わりぃなら引きはがして下せェ」
俺がこんな風にギュッと抱きしめても引き剥がしはされなかった。

「だいしゅきホールドってやつだな、この格好」
「へえー、そんな名前なんだ」
名前なんてどうでも良かった。俺はとにかく銀八にくっつきたい。くっついていたい。

「あったけえから、このままでいろよ。誰か来たら引きはがす」
「ん…」
銀八の肩に顔を乗せると物凄く眠くなった。ウトウトしている俺を引きはがさないまま、銀八は机に向き直ってパソコンを打ち始めた。

卒業式まであと1ヶ月、皆がソワソワしてる。
俺の気持ちもソワソワしてきた。もうあと4回しかできない、この木曜放課後恒例の銀八だいしゅきホールド。誰かが来そうになるとすぐ引き剥がされたが、二人だけの時はくっついているのを許してもらえていた。

「銀八ぃ、俺なんかこのまま高校生活終わるのやだな」
膝に乗っかって抱きついて、耳元で言ってやった。だから何してもらおうなんて期待はなかった。ただ単純に思ったことを言っただけ。

「じゃあ、先に進むか?」
「先ってどこに?俺はもう大学も一人暮らしの部屋も決まってやす」
「先生のことカッコいいと思って、くっつきたくなったその先」
なんのことなのかさっぱり分からない。体を少し離して銀八の顔を覗き見る。

銀八は自分の口から出ているレロレロキャンディーの棒を掴んで俺に言う。
「これ、舐める?」
その顔がこれまで見た中で一番色っぽい。

それ見て、それ聞いて、腹の辺りから急激に熱がせりあがってきた。身体全体が熱くなって、筋肉が硬直する。喉も乾いて、上手く言葉が出て来ない。

言葉で返事が出来ないから、頭を縦に振って同意を示す。

「はい」
銀八が自分の口から舐めかけのレロレロキャンディーをだして俺に向ける。
舐めかけの飴を他人にくれようなんて酷え!いくら糖分好きでも、他人に渡すときは新品にしなせえ!って思ってるくせに、俺の口は開いてしまう。

「べ、して」
舌を出せと銀八が言葉と態度で俺に見せてくる。

頭ん中でそんなもん舐めさせんなってツッコミ入れてるわりには、体が思うように動かない。熱にほだされてるからか、銀八の色気のせいか。

差し出されたレロレロキャンディーをそっと舌で舐めてみる。甘い。甘くて美味しい。人のなめかけなのに。たぶん他の誰かのなら吐いてた。銀八のだから美味しく感じるんじゃないかと思った。

「いい子だね。咥えて」
褒め言葉と同時に俺の頭を撫でてくれる。こんなの初めてだ。その頭にある手に少しだけ力が入ってキャンディーに引き寄せられる。

言われるがまま、俺は銀八を見ながらそれを咥えた。

『ぎゃーっ!!!アンタあたしの銀八先生となにやってんのよーーーー!!!!』

遠くからドM女の雄たけびがした。
慌てて先生の膝から立ち上がるけど、その叫び声の根源がどこに居るのか分からない。ただ、声がしたのは3Zの教室辺りからだったように感じた。

そのうち激しい足音がして、国語準備室の扉が壊れるかの勢いでガラッと開く。
「沖田!!抜けがけは許さないわよ!!!卒業までに銀八先生の声を集めようと盗聴器しかけたら、こんなことになるなんてっ!!!」
盗聴器しかけて教室で会話聞いてやがったのか…、めんどくせえ。

「ワタシにそれを寄越しなさいよっ!!」
「はにすんでひ」
俺の咥えていたレロレロキャンディーの棒を引っ張るから、歯で挟んで抵抗する。俺と銀八が舐めたのをコイツにやるなんて気色悪い以外のなにものでもない。

「こっち向け沖田、口開けろ」
銀八が言ったと思ったら、素早く俺の口からキャンディー引っこ抜いて、窓開けて、大きく振りかぶった。

「ふんっ!!!」
もの凄い勢いで俺たちが舐めていたレロレロキャンディーを窓から外に放り投げる銀八。校庭超えて、校門の先まで行って消えてった。

「いやーっ!!!」
そのキャンディーを追いかけるように猿飛が準備室を出て行った。窓から見てると部活動してる後輩たちをなぎ倒しながら、校門の先まで走ってる。投げられたキャンディー拾いに行きやがった。

俺と銀八はそれ見て笑い合う。猿飛あやめが変態ストーカーで良かった。
でも、銀八は静かにこう言った。

「もう準備室に来るのやめにしろ。変な誤解されたら、お前もイヤだろ」
「お前もって…。銀八は困るんで?」
「銀八じゃなくて先生な。そりゃ無事に問題なく卒業させてやりてぇからな、まだ一応沖田の担任だから」
「…今更、なんでそんな突き放すようなこと言うんでィ…」
それまで身体全体を覆っていた熱が、目頭に集中する。心の中には、もう銀八と触れ合えない辛さがぐるんぐるん巡ってる。

「うっ…くっ…」
ここで涙を出したらいけないような気がして、何とか息を飲んでこらえて立ち尽くす。
「はぁ…」
銀八のため息が聞こえたと同時に、何とも言えない悔しさがこみ上げる。いつか土方が「勘違いされるぞ」と言っていたが、勘違いしてたのは俺の方。銀八が触れ合いを許してくれるのは、俺のこと好きだと思ってくれているのかと勘違いしていたんだ。

でも違う。担任しているクラスの生徒が懐いてきて拒否するのが面倒だったから、ただ俺のしたいようにさせてただけ。銀八はただそれだけで俺に付き合ってたんだ。

馬鹿だな俺、やっぱりおかしくなっていた。

「先生、今まで迷惑かけてすいやせんでした。もう来ません」
そう言って思いっきり頭を下げる。涙がぼとぼとっと床に落ちたのが見えた。この顔を見られないように、顔を上げずに国語準備室から出る。走って逃げる。

「おい、沖田っ」
遠くから銀八の声が聞こえたけれど、止まりも振り向きもしなかった。

「いよいよ明後日か、卒業式。終わったら近藤さんたちと遊びに行くだろ?総悟」
最近の土方はなんか嬉しそうだ。たぶん、木曜に準備室に行かなくなってからだと思う。こうして無理やり一緒に帰らされることも多くて、気に食わねぇ。
土方はそんなに大学生活が楽しみなんだろうか、俺にとっちゃ卒業や大学入学や引っ越しなんて小さいことで。銀八と会えなくなることのダメージが一番大きい。

銀八が来るなと言った日から国語準備室には行っていない。もちろん学校で普通に会うけど、俺は銀八を見ないようにした。銀八も俺に話しかけて来なかった。

「総悟…もう銀八のこと忘れろよ」
急にそんなこと土方が言うからビックリする。俺の考えてたこと見透かすみたいで。それに
「忘れろってどういう意味でィ」
「男を好きになるとか、先生を好きになるとか、一時の気の迷いだろ。しかもあんなだらしない奴をよ」
は?え?それって俺のことだよな?

「俺が銀八を好きだってこと…?」
「格好良くみえんのなんて、都合よくフィルターかけてるだけだろ。総悟はもっと…ちゃんと…お前のこと見てくれる奴を探せよ」
「俺、いつから…?」
「いつからって…自覚なかったのかよ。ずいぶん前から総悟が銀八を見る目が何となくそんな感じだったし、あろうことか銀八だってお前のこと他の奴とは違った目で見てるような気がしてたし…」
「早く言えよ!クソ土方!!!」
鞄で殴るくらいじゃ飽き足らなくて、顔二発、腹を二発グーで殴ったあと大外刈り仕掛けて、道路に転がしてからスリーパー・ホールド決めてやった。

白目向いて、泡拭いてその場に倒れる土方をそのままにして俺は家に急ぐ。

その夜からずっと考えた。次の日は姉ちゃんに「腹痛いから学校休む。明日の卒業式はいくから」と言ってずる休みした。

寝転がって考えてみると、色んなことが腑に落ちる。
中学でも高校でも先生ってやつはあんまり好きになれなかった。なんか上から目線で押し付けてくるし、偉そうだし。

これまで関わってきた先生って立場の人間で、初めていいなと思ったのが銀八だった。
授業は何言ってるか分かんなかったけど、話は面白いし何より銀八が担任になってから俄然高校生活が面白くなった。あの人は見ていないようで、クラスひとりひとりのこと見てるし、自分の事ばっかり考えているようで俺たち生徒のことなんやかんや大事にしてるし。

それに、卒業まであと3かに月って聞いた時、一番初めに頭に浮かんだのは銀八のことだった。高校生活が終わることよりも、他の誰と離れることよりも、銀八と会えなくなるのが嫌だった。
だから、銀八がものすごく格好良く見えて、このまま何もしないまま別れるのはダメだって思ったんだ。

「俺、銀八のこと好きなんだ」
試しに一人でこんなこと言ってみる。言葉を口から発すると心が落ち着いた。これが自分の本心なんだって頭と心が一致していくのが分かる。

「もっと触りたい」
これも言葉に出してみる。やっぱり違和感がない。好きっていろんな意味を含んでいる言葉だけど、憧れとか友情に近いものとか、そんなんじゃない。相手は男だけど、女に持つような恋愛感情なんだと悟る。

俺、ゲイだったんかな?

違うな。近藤さんのことは大好きだ、でも触りたいと思わない。土方の顔にベタベタ触って近づいたとき、気持ちいいとは思わなかった。銀八とは気持ち良くてしょうがなかったのに。

銀八だけなんだ。銀八だからこんな気持ちになるんだ。

こんな俺のこと、銀八はどう思ってんだろ。…そか。この間分かったことだっけ、ただの生徒の一人だ。

初めて自分から好きになった相手が男で、しかも大勢のうちの一人としか思われてなくて、振られるの確定か。俺の高校生活、これで終わり?

……なんかつまんねえ。振られるからって銀八に何も言わないで終わり?そんなの俺らしくねえよな。

いいじゃん。振られたって傷ついたって。今までメス豚どもに散々モテてきた。大学に行ったってこの顔だ、きっと寄ってくる女は多いに違いない。

だったら、初めて、んで唯一、自分から好きになった人に何にも行動起こさないなんてもったいねえ!ダメだったら土方が言ったように誰か探せばいーんだろ、そんな深く考えることでもねえ。

それに、俺はちゃんと銀八に言わなきゃなんねえ。突然銀八がカッコよく見えた理由を、謎解きの答えを。こんな俺に、ずっと付き合ってくれた銀八への礼儀だと思った。

次の日。卒業式は無事に終わったが、その後の3Z教室は阿鼻叫喚状態。
いつもバカやってる皆が、さらに輪をかけて好き勝手やって大騒ぎだ。

「お妙さぁああん…」「お妙ちゃんに触るな!」「近寄んじゃねえ!ゴリラ!!」
近藤さんは相変わらず、そして土方も相変わらず。
「総悟、帰るぞ」って他クラスの卒業生や下級生の女子に言い寄られてるくせに、それ振り払って俺の方に来やがる。

「土方さん、アンタ最後なんだから女の相手してやりなせぇよ」
「お前だってファンが大勢いるくせに一人じゃねえか」
「俺はもう全員調教済みですから、大人しいもんです。放置プレイというご褒美ということで、待ての状態で全員体育館に閉じ込めやした。だから俺は一人で最後のけじめつけてきやす」
「…銀八のところか?」
「まあ、振られたら慰めてくだせぇよ」
「…ちゃんと、戻ってこいよ。俺もお前に言いたいことがある」
止められるかと思ったら、あっさり土方は引き下がった。それもそうか。無理しなくても、土方と近藤さんとはずっと仲間でいられる気がする。生涯の悪友、そんな感じだ。高校を卒業して会う回数は減ったとしても縁は切れねえと思う。銀八と違って。だから、許してくれたのかもしれない。


トントントン。
今までこんなことしたこと無かったけど、緊張しているせいもあって今日は国語準備室の扉をノックしてみた。

「先生、沖田です。入ってもいいですか?」
「…入れよ、誰も居ねえから」
扉の向こうから、大好きな声がする。ああ、顔だけじゃなくて、この声もカッコいいと思っちまう。

「無事、卒業…したな」
銀八は優しい顔で頭を撫でてくれた。やめて欲しい、勘違いするから。

「謎解きできたんでさァ」
「…?」
「銀八が急にカッコよく見えた理由」
「ああ、前にそう言ってたな」
銀八はゆっくり椅子に腰かける。今日はタバコもレロレロキャンディーも口にしていない。ヨレヨレの白衣も着ていなくて、卒業式に合わせたスーツが男っぷりを上げている。

いざ言おうとすると顔が真っ赤になるのが分かる、耳の端まで熱い。

「…う…」こぶしを握って力を入れても言葉が出て来ない。告白ってこんなにしんどいのか、初めて知った。

「なあ沖田。最後にもう一回してくんね?だいしゅきホールド」
俺は顔を上げられないから、どんな表情で銀八がその言葉を発したのか分からない。でも、膝をポンポンと叩くのだけは見えた。

目を合わせたらたぶん恥ずかしさで爆発すると思ったから、顔を下げたまま銀八に近づいた。あれやこれやと持っていた荷物を床に落として、膝に乗り上げる。それでもやっぱり顔は見れなくて、そのままずりずり尻を動かして身体を合わせた。腕と足を銀八の背中に回して、目を合わせなくて済むように左の頬っぺた同士をくっつける。

ドキドキは早くなってくるのに、こうすると落ち着く。気持ち良くなってくる。ずっとこうしていたい、最後にしたくない、でも言わなきゃ。こんなこと勝手にする俺のワガママに付き合ってくれた銀八に感謝の気持ちを込めて。

「俺、先生のこと好きだった。だからカッコよく見えた。おかしくなってたのは恋したからだった」
すうっと思いっきり息を吸って、そんで一気に言った。生まれて初めての告白は、大学受験なんか比べ物にならないほどの緊張感だった。

「これまで、俺のこんなことに付き合ってくれて、ありがとう」
銀八が何も答えなくて済むように、俺は最後の言葉を言い切った。これでもう離れよう、そう思ってた。

「…先生じゃなくて、銀八な」
離れようとしていた俺の耳に銀八の唇が触れる。しかも小さな声でこんなこと言われるから体全体がビクッとする。

跳ねる身体を温かいものが包み込む。俺の背中に回されたのは銀八の両腕だった。

「卒業したから、もう言ってもいいよな。俺もお前が可愛く見えてしょうがねえよ沖田」
「…おとこ、なのに」
そう返すのが精一杯だった。男なのにカワイイなんて言われたことが嬉しくて嬉しくて。

「好きだから輝いてみえちまう。いまだにな。お前はもう過去形か?」
「俺だって好き、今も好き。振られると思ってたから、生徒だから相手してくれてたと思ってたから」
「生徒のうちはそうしなきゃ仕方ねえだろ。でももう卒業したから、俺も本音言ってもいいだろ?」
「…銀八」
「そんな潤んだ目で見るな。これまで散々理性で押さえつけてきたけど、今日は我慢きかねえぞ」
「お、俺だって」
あ、もしかして銀八がキラキラして見えたのは、俺の目が潤んでいたからかもしれない。

「沖田。俺のメガネ外して」
「なんで?もう謎解きは終わってまさ」
「思いっきりキスするのに邪魔だから。されるの嫌なら良いけど」
「…はずす」
前にしたみたいにメガネを取ると、銀八の唇が近づいてきた。本当は目をつぶった方がいいんだろうけど、大好きな顔を見ていたくて開けたままにしていた。銀八も目をつぶってなくて、お互い目をあわせながらする初めてのキスは爽やかじゃなくて、ちょっとやらしい。

「やらしい、銀八」
「生徒相手じゃなくて、好きな奴相手だからな、こうなるの」
「じゃあ、俺達これからは…」
「恋人として会おうな」
にっこり笑ったその表情、初めて見た。カッコいいでもなくて、色気たっぷりでもなくて。なんか子供みたいに嬉しそう。

ああ、これからこんな表情も見せてもらえるのか。俺は、きっと、これからも銀八をカッコいいと思い続けてしまうんだろう。


国語準備室を出て、校門に向かう。
「終わったか?」そこには土方さんが一人待っていてくれた。

「みんな先に行ったんですね。スマホに連絡くれりゃ良かったのに」
「心配だったからな」
「おかげさまで無事、成就しやした。振られると思ってたんですがねィ」
「……そうか、良かったな。嬉しそうにしやがって」
「ところで、アンタの話ってなんです?」
「それはもういい。これからも友達でいようって話」
「うげ…、なにソレ、今さら友情持ち出すってなに青春ぶってんでさァ。早くみんなの所行きやしょう!」
卒業式のせいか、夕焼けのせいか、なぜか黄昏てる土方の背中を押して歩かせる。

思えば、恵まれた高校生活だった。良い先生に良い仲間がいてバカやって騒げて満足だった。大好きな人が出来て、その想いが叶って、俺は本当に幸せだ。

大学に入って、一人暮らしを始めた俺の生活は大きく変わった。

でも、銀八とのだいしゅきホールドだけは変わってない。

週末や祝日、銀八は俺の家まで3時間かけてスクーターで通ってくる。そんで、それを部屋で待っている俺が、国語準備室でやっていたのと同じように銀八に抱きつく。

銀八が仕事持ってきたときも、俺が課題やってるときも、この格好。銀八が仕事を持ってこない時は、大学に入って勉強はどうだ?へんな虫ついてねえだろうな?なんてしょっちゅう聞いてくる。愛されてんなと身体でも言葉でも感じる。

「そんなん、俺こそ心配でさァ。アンタに変な女が寄ってこねえか」
「お前こそ気を付けろよ。女にも男にも」
「ぷぷっ…これ他人が聞いたら笑えんじゃねえの?そんな言うほどモテねえよって」
「そうかもな、お互い好きすぎて感覚が麻痺してるようなもんだからな」
「そうそう、だから、こんなにカッコよく見える」
「そうそう、だから、こんなにカワイく見える」
もう目をつぶってキスするのも慣れた。それ以上も。顔を見なくても肌を合わせることで相手を感じられることを知ったから。


俺だけがおかしくなったんじゃなくて良かった。一緒におかしくなれて良かった。
あの銀八がカッコよく見えるなんて、恋は素敵だ。

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