【C100短編】飛んで跳ねるは不折の双翼

 日を跨いで間もない頃。不意の電話に叩き起こされた俺は不機嫌そのものだった。

「あー、誰だよこんな時間に……」

 横で寝ていた魔女が目をこすりながら起き上がるのを見て、自分の中の怒り感情がMAXになったことを自覚する。この子の安眠を妨げるとは七紫さんとて……まぁ状況によっては許すけど厳重注意してやる。それ以外だったら許さん。

「あー……誰ですかこんな夜中に。人としての常識をお持ちでない?」
『すみません……。常識はずれなのはわかっているのですが緊急事態でして……』

 現状を理解して恐縮する声は、それ以外のようだ。

「メイナさんですか。理事長に用事でしたら直接電話していただけると助かるんですが……」
『緊急事態というのも、私の個体がまたご迷惑をかけたようで……』

 彼女が異様に恐縮している理由を理解した。
 彼女、于神依ゆかむいメイナは無限増殖という驚異の能力を能力を持った魔鉄人形だ。それゆえに同型個体が数え切れないほどおり、大体がまぁまぁはっちゃけている。はっちゃけているのは彼女自身の性格らしいのだが、冷静に謝罪する今の声からは想像もできない。ともかく、その同型個体が悪さをしたらしい。

「あー、シリーズ案件ですか。今度はなんですか? 同型個体の子がスライム化遊びにハマって水道管詰まらせたんですか? それともまたふみちゃんがドハマりした鉄暦漫画の完成度高めコスプレして、メイナさんの頭茹だらせたんですかぁ?」
『ふみの件は本当に忘れてください! ……しかし今回もふみが原因です』
「えぇ……」

 昔の漫画が好きすぎて、抑えるために図書館に強制就職させられた個体のことを思い浮かべる。彼女、トラブルメーカーすぎないか?

「ふみちゃんメイナさんのこと嫌ってたよね? それでも連絡がきたってことは大事?」
『他の個体曰く、事故寸前のトラックを持ち上げて人助けをしたそうです。――それで恐らくですが、他国の製鉄師に見つかったようです』

 サッと顔が青褪めるのを自覚した。心配そうに見る魔女の頭をグリグリと撫で回しながら、努めて冷静に言葉を返す。

「状況については何か言ってた?」
『時間稼ぎ、公権力に頼れない、言葉が通じない、スパイダーマンと言っていました。私たちは表立って公権力に頼れないのはその通りなのでいいのですが、時間稼ぎとなると話が変わります。我々は魔鉄人形。一体売り捌けば一生遊んで暮らせる、超貴重品です。言葉が通じないのは他国という意味でしょうし、スパイダーマンは彼女が得意とする戦法の源流です。彼女が連絡を寄越してきたのは新規開発地域の近くでした。鉄骨剥き出しのビルなどは、彼女が戦いやすい場所のはずです。至急、助けに向かってくださいませんか?』
「いやー、夜中にそのご用命はキツいね。まぁ、聖刀の一大事とあらば動くしかないかぁ」
『加えて、公権力に表立って頼れないことは我々の共通認識です。それをわざわざ明言したことと、見慣れない電話番号からかけてきたことから、他の人間が巻き込まれている可能性が高いです。合わせて、口封じも行なっていただければ』
「うわーっ、面倒事が増えた! 口封じとかあんまやりたくないんだけどなー」
『無辜の人を殺めるのは気が進まないかと思いますが、よろしくお願いします。ただ、強制というわけではありません。現場判断でお願いします』
「難しいこと言うねぇ。了解了解、時間との勝負だし切らせてもらうよ」
『急で本当に申し訳ないです。今度、ご飯でも奢らせてください』
「それだったら俺んち来なよ。うちの魔女ちゃんも喜ぶからさ。ねー?」

 寝ぼけ眼の相方に端末を手渡す。

「うん。メイナちゃん、今度お菓子の作り方教えてね」

 そう言い、何度か頷くとこちらに端末を返してきた。

『ふふふ、奥さんに私のとっておきレシピを伝授して、今度こそ参ったと言わせてあげますからね?』

 電話越しに、彼女の緊張が和らいだのがわかった。本当に、自分にはもったいないくらい出来た妻だと思う。感謝の意を込めて髪をグシャグシャにすると、猫みたいな唸り声が返ってきて笑ってしまった。

「よろしく頼むよ。じゃあ」
「はい、ではまた今度」

 電話を切る。お互いに着替え、グシャグシャにしてしまった髪を梳ると窓を開けた。

「透ちゃん、捕まってる?」

 背中によじ登った相方が額を軽くぶつけてきた。いつもの肯定の合図だ。

「よし、じゃあ行きますかぁ。――精錬開始マイニングこの瞳を君に預けようユア・ブラッド・マイン
精錬許可ローディング代わりに貴方へ翼をあげるマイ・ブラッド・ユアーズ)
「――振鉄ウォーモング。『彼方を見通せ、不折の双翼ハウエヴァー・フォーエヴァー』」

 製鉄師としての祝詞を上げ、窓から足を踏み出す。何もないところに足場があることを了解し、何もないところに階段があることを了解する。それは彼方へと広がる巨大な家であり、俺と彼女にしか見えない終の棲家だ。
 階段を上がりながら、しばし思案する。ふみは迂闊なので、魔鉄人形と一目でわかる行動をする可能性が高い。上からの目を防ぐ手立ても必要だ。そして幸い、こちらにはその手立てがある。
 高層ビルの高層階くらいの高さまで階段であがったのを確認する。進行方向を見る限りでは、生成した足場がどこかに激突するということもなさそうだ。
 また一歩踏み出す。今度の違いは、透明なはずの足場が白く塗り固められていることだ。足場は細く白く伸び、瞬く間に新規開発地域まで到達した。

「終の棲家、限定公開ってところだ。透ちゃん白い壁の家好きだったよな?」
「うん、姫路城に住みたい」
「よっしゃ、今度姫路城作るか!」

 背中から受ける肯定に破顔する。
 だがその前に、この先にある面倒事を片付けねばならない。

(著者:バシナル)

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