カリスマフリーター君

22歳〜23歳の頃の話、何を隠そう、僕はフリーターだった。別に隠してもないが。

いやしかし当時は結構気にしていた。笑


入社式に退社!
すぐさま事業をスタート!
そして着実に結果が出た!


ここまではよかった。めちゃよかったのだが、自分のやっている事業の性質上、パフォーマンスであげる成果と、過去やってきたことを仕組みにして構築してあげていく成果、両方ある。

構築していく部分は順調に成立していったが、パフォーマンスであげられる成果の方が、ある時低迷してしまった。


、、、

このとき思った。

勢いで正社員の道を断ったものの(他の人には全くオススメしない)


俺っていわゆるフリーターじゃね?笑

(幾度とない学級委員等リーダー経験、高校は地元では有名な進学校、大学は特待入学&4大&教育学部であり、履歴書を充実させてきたすべての特殊能力が、蒸発している。面白すぎる。)


このままではヤバイ。ヤバすぎる。。笑


まずはフリーターながらに、
しっかり稼ぐことを頑張った。


昼は代官山で出前のバイト、
夜は目黒で商品陳列の夜勤、
これを週5でやってたので、
手取りで25万は確保した。


その上で、事業の方に全力を注いだ。

家に帰る時間ももったいなく、
夜勤が終わり始発で山手線に乗ると、そこから4〜5周山手線を回る。1時間で1周する為、大体8〜9時に目が覚める。それと同時に電車を降りて、近くのネカフェでシャワーを浴びて、朝活&バイトへ。

謎のスケジューリングと気合で、毎日15時〜24時がフリーだった為、たくさんの人と会い、仲間を集めていった。


今でも忘れないが、事業をスタートして1年半目の2016年の10月、ついにそれまでの努力が実り、たくさんの運と縁に支えられ、事業で25万円、フリーターとして25万円、合計50万円を23歳で掴みとったのだった。カリスマフリーターになった。めちゃくちゃ感動した。素直に嬉しい。


(この2016年10月の話は、また別の会で記事を残しておこうと思う。)


事業が伸びたおかげで、そこまで気張ってダブルワークする必要もなくなり、ある程度興味のある仕事に就こうと考えた。


そこで、近くの小学校の学童指導員の求人をハローワークで見つけて、

カリスマフリーターから、アッサリと銀次郎先生へ、転生したのだった。

この学童の先生編も結構オモロイので、またいつか記事にしようと思う📖