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好きじゃなければ意味がない

90年代、小娘の私は最高に浮かれていました。

 代官山の広告代理店に勤めが決まり、おしゃれ生活に期待を寄せていたのです。

会社で一番若かった事もあり、服装は自由に許されていました。

社長は元芸能関係者、会社には芸能人がよく出入りしていました。華やかで正統派のモデルや業界人。古着ファッションが好きな私は彼らから『変わった子』と思われていたようでした。

代官山に住んでいたモデルやタレントがよく来ていました。

そんな中で女性ロックシンガーのAさんは、来るたびに私に声をかけてくれました。

会社で浮いたファッションの私に興味を持ってくれたAさん。

私の古着や自作のアクセサリーを褒めてくれ、彼女が着なくなった洋服を譲ってくれたこともありました。

紫に黄色の星マークが入ったモヘアのセーター。

90年代の代官山はハリウッドランチマーケットが牽引するアメカジや古着屋がありつつ、APCなどフレンチ勢も入ってきて、個性的なファッション関係の店が点在していました。

昼休みや会社帰りに店舗に寄ると、店員さんはみんな素敵で親切で、色んな情報をくれます。とにかく、なんでも試してみたかった、そんな時代でした。

チビT、プリーツのミニスカ、キャミソールなど90s。

街自体に刺激を受け、もっとカッコ良くなりたい!おしゃれと思われたい(モテたい!)と思った私は、八幡通りの

自分のパーソナルカラーを知ってセンスを磨こう!

のドアをノックします。

今で言うブルベ、イエベをプロの方が肌診断するもの。顔の前に違うトーンの布をおいて自分の色を春夏秋冬に例えてもらえます。似合う的確な色が分かればより一層オシャレになれる、という触れ込みでした。

先生の言葉を盲信し、いけてる自分になりたかった。

私は冬タイプ、似合う色はボルドー、フーシャピンクと出ました。似合うものはフェミニンかつ、ストレートのシルエット。

人からオシャレと言われたい一心。

次の日から、メイクは一新、指定された色以外の古着は箪笥に仕舞い、オススメされたピンクや赤の洋服を身に付けるようになりました。ものを選ぶ時には、自分の嗜好よりも診断を優先。なぜならその当時の25000円(診断代)は高額でしたし、プロに見てもらった!という権威が私を支配しました。

会社での『変わった子』扱いがなくなりました。

そんなある日、私は会社で大抜擢されることになります。ファッションに興味がある私に社長が目を留めました。繊維会社の広報誌において意外性をテーマに新素材を紹介するファッションページを任されることになったのです!

初めて任されたプロジェクトでした。

意外性と言うタイトルに合えば、好きに構成していいと。とは言え、そんなに予算はないので、社長の知り合いの中から、著名人を起用するのが得策ではないかと企画会議で決まりました。

私の頭の中には一つの案が浮かびます。

あのロック歌手Aさんにパーソナルカラー診断を受けてもらって、いつも黒ずくめな彼女の意外性を引き出そう!

Aさんの事務所に連絡すると快諾してくれたので、私はカメラマンを手配し、肌診断の先生にヘアメイクとスタイリングをお願いしました。あらかじめ、春夏秋冬カラー別の洋服を持って来てもらうように手配も。

Aさんから衣装の問い合わせがあったものの、彼女自身にも意外性をその場で楽しんでもらいたいというサプライズのため、私は敢えて伏せておきました。

撮影当日、Aさんはいつもの通りの超絶ロックルックスで登場。革ジャン、ショッキングピンクと黒のボーダーT、黒デニム、ドクターマーチンの10ホールブーツ。

A子さんはいつものロックスタイル。

さあ、彼女が肌診断によって、本当はどんなファッションが似合うのか意外性が引き出されるページの始まりです。

診断は夏タイプ、似合う色はラベンダーやベビーピンクと出ました。

やった!私は心で大きくガッツポーズ!。今まで見たことのないAさんを紹介できる!

ブラウンの髪をルーズなシニヨンに結い、薄紫のチュールドレス(これPRADAでした!)に淡いブルーのカーディガン。ブルーグレーのイミテーションパールをチョーカーのように巻いて、合わせるメイクもふんわりパステルカラー。

A子さんとはわからないほどの大変身。

綺麗でした。

ですが、Aさんの表情がなんとなく固いのです。

カメラマンが、Aさんにポーズをお願いしました。

もっと柔らかく笑ってください。

次の瞬間にAさんは立ち上がり、カーディガンを脱ぎながら言いました。

ちょっとメイクし直すから、そこのポーチ取って。

ネックレス外して、あっちにかけてある私の革ジャン取って。

えっ?えっ?
これって何がまずかったの?

突然の方向転換に訳がわからず、頭の中が真っ白に。

あっという間に眉を強調し、真っ赤な口紅を塗ったいつものAさんの顔が喋ります。

意外性がテーマなら、このドレスと革ジャンを合わせることで引き出してあげる。だけど、自分が納得できない格好をするのは勘弁。最近、あんた(私のこと)つまんない格好ばっかしてるなーと思ってたけど、人に判断されて、そんな洋服着てるのかい?

ファッションっていうのは
自分が好きなものじゃないと意味がないんだよ。

誰かに自分を診断させるなんて
つまんないことをするな。
自分のハートで選べないなら、
ファッションとか語るなよな。

ショッキングピンクと黒のTシャツをターバンに巻いたAさん。


急に目の前がぼやけました。多分泣いていたんだと思います。自分の思い上がりと恥ずかしさで、そこに立っているのがやっとだったことしか覚えていません。

服が好き、ファッションが好きな人はいっぱいいます。私もその1人です。人からかっこいいなと思われたい、という願望がありました。でもその思いが強すぎて、他人からどう見られるかを意識しすぎた、それで訳がわからなくなっていたんだと思います。プロが言うことは正しい、と信じ込んで自分の『好き』の舵を人に任せてしまいました。

チュールのドレスに革ジャン、頭にはTシャツをターバンに巻き、自分でカメラマンに指示を出し撮影を終えたAさんのページは無事終了。

Aさんは普段からステージのヘアメイクも自分でしていたようでした。

スタジオの隅で鼻を啜っていた私にAさんは

他人がそれ変だよ、って言っても 自分が好きで着ているなら良いじゃない、その格好が落ち着くなら、そのうち自信が出てくるよ。そしたらカッコよく見えるもんなんだよ。あんたの真似する人も出てくるかもしれないよ。

今日用意してくれたこのドレス、気に入ったよ。このタイプは自分では選ばないものだった。自分の好きを信じることも大事だけど、新しいものに挑戦するのも大事だね。それをあんたから教えてもらった。

今度は声をあげて泣きました。分かったつもりだった小娘はその日、大事なことを学びました。


二ヶ月後、社長の元にAさんからライブの招待状が届きます。なんとなく顔を合わせづらいなと思っていたので、私はパスしようかと考えていた時、社長から声が上がります。

自分の格好で来いよ

ってチケットの裏に書いてあるよ、なんだこれ?

Aさんの太字のマジックでの自筆。

あーもう、全てお見通しだ。

覚悟を決めて、社長とライブに行きました。Aさんはピタピタの革パンの上にあの薄紫のチュールのワンピース、裾を一部ベルトに挟んで。パーソナルカラーも自分の好みもミックスしてとんでも無くカッコ良かったのです。

Aさんとの一部始終を話したら、社長が革ジャンを買ってくれました。


それから私は自分の道を進むことにしました。雨でも冬でも好きな籠を持ち、細いパンツしか履きません。ダウンは着ません。持ってれば便利だなあと思っても、迷った時には買いません。好き!と言い切れないものは自分の個性が薄れてしまう気がします。

ボーダー、細いデニム、白コンバース、中古の籠、これが私のスタイル。

洋服を選ぶ時、
好きじゃなければ意味がない、今でも私の基準です。




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