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一日の最初の光/ジョアナ・シュマリ

選んだ展覧会ポスターは去年京都で行われた「KYOTOGRAPHIE 2023」である。KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」は、世界屈指の文化都市・京都を舞台に開催される、日本でも数少ない国際的な写真祭で2012年から開催されている。11年目を迎えた2023年は「BORDER=境界線」というテーマが設定され、メインビジュアルとしてアフリカのコートジボワールを拠点に活動するビジュアルアーティストであり写真家のジョアナ・シュマリの作品が採用された。私も去年、両足院で開催された彼女の作品を見に行ったので、こちらを題材にしてみたい。まず媒体としては写真と刺繍糸を組み合わせたミクストメディアである。形式は人物のいる風景画に近い。両足院で展示した最新作「Alba'hian」では、プリントに直接刺繍を施し、写真のイメージを作り上げている。「Alba'hian」はアニ語(コートジボワールのアカン系民族の言語)で「一日の最初の光」「夜明けに差す太陽の光」を意味する。

「作り手」のシュマリは毎朝、夜明けの時間帯に起床し、散歩に出かけ、風景を写真に撮る。朝の光がゆっくりと物質世界の姿を徐々に明らかにしていくのと同じように、この観察を通して、シュマリは自分自身の思考や現実認識の変化に気付いていく。その写真に、コラージュや刺繍、ペインティングやフォトモンタージュなど、様々な技法を組み合わせながら、何枚もの薄い布のレイヤーを重ね合わせる。そこには道行く人々のシルエットが写し出されている。シュマリの作品は、記憶や夢を構成する素材と同じものでできていると言えるかもしれない。長い時間をかけていくつものレイヤーを縫い合わせ、布の上にモチーフやドローイングの刺繍をほどこしていくプロセスは、まるで瞑想のようにも感じられる。(展覧会パンフレットより)

両足院の静かな和室に配置された、テレビの様な木の箱を覗き込むと、光に照らされた作品を見ることができる。その作品の下にはタイトルと思われるメッセージがあり、作家が言わんとしていることが、伝わってくる。

印象に残ったのが、二人のアフリカ女性が肩を組んだ後ろ姿の作品の下に
「You are not supposed to do anything,you just are supposed to be」
「何かをしようとしなくていいよ。ただあなた自身でいればいいよ」

I CHOOSE PEACE,mixedmedia, series ALBA’HIAN triptych @ Joana Choumali,2022

また、カラフルな鳥の止まる木の下に女性が横たわっている作品の下には「I choose peace」「私は平和を選ぶ」といった言葉が添えられる。

その言葉が、優しくそっと心に届き、ほっと息をつく。

「刺繍は、言葉で表現できない感情のあらわれです。私の精神世界が写真という外の世界と溶け合っていく。」と言っているように、私たちは毎日の日常の中で、言葉で表現できないものを溜めていく傾向があるように思う。

"LET IT OUT" 50 X 50 cm, mixed media, SERIES ALBA’HIAN ©JOANA CHOUMALI, 2022

シリーズのタイトル通り、そんなせわしなく過ぎていく一日の中でも「一日の最初の光」で「境界線」を一歩踏み越える事が出来たなら、世界は少しずつ変わっていくのではないだろうか。

メインビジュアルに採用されているのはジョアナ・シュマリの「一日の最初の光」シリーズの中の「Let it out」だ。朝の光に包まれる町の中、軽やかにスキップをしながら、両手に花を持った一人の少女の口元から、金の糸が吹き出している。作品タイトルは「全部外に出してしまおう」で、その下のBORDERというタイトルには、国境を超えていく。というそのままの意味もある気がする。また、コロナ禍を経て我々が体験したことから、触れてはいけないタブーを超えていく。という様な意味合いも込められているような気がした。もう「黙っていないで、全部吐き出しちゃおうよ」というような。マスク生活を強いられた私たちが向かった先は、なんだか言えないことを言っちゃいけない雰囲気とか、そんな見えない「境界線」に縛られていくような不穏な空気だった。そこから、さあ飛び出して行こうよ。というメッセージが込められているのではないか。

「作り手」のところの補足であるが、もちろんこの展示の主催はKYOTOGRAPHIEの運営事務局であることから、クロージングレポートを拝見したところ、次の様なメッセージがあったので、私の推測も概ね外れていないことがわかった。しかし「境界線」を「超えていく」のかどうかは、あくまで個人に委ねている秀逸さがあるので、ここに引用したい。

あらゆる生命体はさまざまな《BORDER=境界線》を持ちながら生きている。その境界線が個々の存在を形成しているともいえる。
そしてそのほとんどは不可視なBORDERであり、
それぞれが日々その境界線を守り・壊し・狭め・広げながら無常に生きている。あなたには自分のBORDERが見えているだろうか。
KYOTOGRAPHIE 2023では、そのBORDERを少しだけ可視化してみたい。
その境界線は、自分で作ったものなのか、他者によって作られたものなのか。それは守るべきものなのか、超えるべきものなのか。
もしかしたら、自分の「思い」によって変えられるものなのかもしれない。
2023年、KYOTOGRAPHIEでこの《BORDER=境界線》を巡る旅に出よう。
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 
共同創設者/共同ディレクター 
ルシール・レイボーズ&仲西祐介

KYOTOGRAPHIE 2023 クロージングレポートより


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