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お米が無くとも

デーリー東北新聞「ふみづくえ」
リレーエッセイ 2020年11月18日掲載

ジンジャー姉妹 湊山りえ

 朝夕の冷え込みが強くなって、いよいよ秋が終わり冬がやってくるんだなぁと感じる日が増えた。そんな日はいつも「ひっつみ」を作りたくなる。

 ひっつみとは南部地方に伝わる伝統料理で、小麦粉をこねて薄く伸ばしたものを指でちぎって、野菜や肉、魚介と共に煮込む料理だ。いわゆる「すいとん」のことであるが、鍋に入れる具は地域や季節によっても様々。もともと南部地方は夏に吹く冷たい季節風ヤマセの影響により稲作が困難だったことから、小麦がよく食されるようになった歴史がある。

 子どもの頃には学校の地域学習で、「ケガジ」と呼ばれた南部地方の飢饉について学んだ。家に帰り、明治生まれの祖母に「昔はこの辺りでも飢饉があったの?」と問うと、いつも穏やかな祖母の目が、少し暗く光ったのを今でも覚えている。昔、南部地方では米が貴重品だったと聞く。「お米は一粒たりとも粗末にしない。神様とそう約束した」と言うのが祖母の口癖で、実際に台所に落ちている米粒を見つけると、一粒でも大切に拾い上げて戸棚にしまっていた。

 そんな我が家も御多分に漏れず、小麦を使った料理が食卓に上ることが多く、南部地方ならではの食文化に触れながら育ってきたんだなぁと懐かしく思い出す。冒頭で述べたひっつみはもちろん、小麦粉や蕎麦粉をこねて薄く伸ばし、三角に切り揃えた「かっけ(つつけ)」や、幅広のきしめんに柔らかく炊いた小豆を絡めた「あずきばっと」、そしてもちろん南部煎餅も欠かせない。

 このように普段の生活に根差した小麦料理の数々は、お米が無くとも豊かな食卓を作ろうという、先人の知恵と心意気が詰まっているように思う。ひっつみは、その時ある材料だけで作れる簡単な料理だが、出汁と小麦の組み合わせは絶妙で、何を入れたっておいしく出来上がる。冬の寒い日に家に帰ると台所からお出汁のいい匂いがして、熱々のひっつみが用意されていた時のうれしさは格別だ。そんな幸せな記憶と結び付いた、素朴だけど温かな郷土料理が、私の大好きなひっつみなのである。

 私は今でも、非常時になると小麦粉を買う癖がある。台風が近づいていてしばらく買い物に出られないときや、今年のコロナで外出自粛になったときもそうだ。東京での一人暮らしで生活費が足りないときも、やはり毎日ひっつみを食べて食いつないだ(笑) 肉や魚介を入れなくたって、残り野菜があれば上等。最悪、出汁と小麦粉さえあれば成立する、優秀なサバイバル食だと思っている。

 飢饉が起こるような厳しい気候風土の中でも、たくましく前向きに生き抜いてきた南部人のDNAが、今もなお南部の人たちに、そして自分自身にも受け継がれているのを感じる。不足や困難があっても、工夫を凝らして豊かに毎日を楽しもうとする南部人の気質が大好きだ。そんな南部人の気質を感じられるからこそ、私にとってひっつみは、今でも大切なソウルフードなのかもしれない。


<デーリー東北新聞社提供> 
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ジンジャー姉妹
八戸市出身の実の姉妹(湊山りえ・湊山はる)によるクリエイティブユニット。動画投稿サイト「ユーチューブ」で、歌と解説を通して南部弁の魅力を紹介。はるによる「アナと雪の女王」主題歌の南部弁バージョン「雪だるまこへるべ」「生まれではじめで~リプライズ」では、累計1200万回再生を突破。東京都在住。

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