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ICONIC / アイコニック ⑧

 朝、眠たい目を擦りながら俺はシティラインに乗っていた。一駅一駅進む毎に乗客が増えていき、二駅もすれば満足に自分の空間を確保することさえままならなくなった。息が詰まりそうな電車に揺られながら、学校の最寄り駅に早く着くことを願う。このままこの群衆の中にいれば、窒息死するのも時間の問題だ。
 人混みをかき分けながら電車を降り、ホームの階段を下って改札口を出る。あとは二十分ほどかけて徒歩で学校へ向かうだけだ。

 教室に着いた俺は、荷物を下ろして職員室に向かった。教室の鍵と、学級日誌を預かるためだった。挨拶をして、担任のデスクに行って、それらを回収して職員室を出る。鍵を片手に教室に戻り、荷物を肩にかけて鍵をあけた。
 わざわざこんな朝早くにうんざりするような学校に来た理由は、不運にも今日の日直の担当が俺だったからだ。日直のいいところ?ない。毎休み時間に黒板を消さなくちゃいけないし、忘れたら注意されるし、こーんなにも朝早くに学校に来る必要がある。何より眠い、つまらない。
 カバンから家に持ち帰っていた教材と筆箱を出し、ロッカーからは今日一日必要な教科書類を取り出した。それらを机の中に入れ、余ったものはカバンにしまうと、俺は筆箱を枕がわりにして机に突っ伏した。気付けば眠りに落ちてしまっていた。

 誰かに揺さぶられ、俺は目を覚ました。ぼやける目を擦りながら起き上がると、武村が前の席に座っていた。
「朝もはよからゴクローサン」
「お前なぁ、昨日のアレなんだったんだよ?ふざけたサイトを送りつけてきやがって」
「ふざけたサイト?」
「NFAってやつだよ。なんだあれ?」
大きく伸びをし、武村に向きなおる。
「あれマジのやつだよ」
「ウソつけ」
あんな大企業が協力して一体のクローンを作るなんて、あり得るわけがない。が、武村の目は本気だった。
「あれはNFA、正式名称はNEVER FADE AWAY。今から十年くらい前にゴールドエッジがリリースした世界最高のクローンだ。販売されたのは12体だけで、そのうち10体は処分されている」
「10体も?いや、それ以前になんで処分されてるんだ?」
「禁忌に触れたから、といわれている」
「禁忌?」
「あくまでも噂みたいなもんだ。信じられるかといわれればそうじゃない。だが、世間ではこう言われてる。禁忌、それは生物の域を超えたバケモノを創り出しちまったことだ。NFAにはとある機能があってだな…」
これから武村の話が始まる、という時に、教室のドアが開いた。
「げ、もうこんな時間か」
武村が腕時計を確認した。時間は8時30分、ホームルームの時間だ。
「んじゃ、また後でな」
武村は立ち上がると、自分の席に戻って行った。

「号令」
担任が相変わらずつまらなそうに言う。
「きりぃ〜つ、れぇ〜い」
「オハヨォゴザイマァ〜ス」
つまらなそうなのは担任だけではなかったようだ。
「んぇ〜、今日は、え〜転校生が、え〜来たみたいで、え〜自己紹介を、してもらおうかなぁ」
入っていいぞぉ、と担任が言うと、ドアが開いて男が入ってきた。クラスの人間はというと、男は落胆し、女は目を輝かせていた。というのも、その男というのが中々美形だったのだ。これから男子生徒による壮絶なイジメが始まることは言わずもがなだった。
「どうも」
転校生がチョークを手に取り、黒板に名前を書き始めた。
「秋龍 陵時っていいます。よろしく」
クラスがざわめき出す。秋龍、というのは有名な暴力団の名前で、これがまた昨日武村の言っていた荒唐無稽かと思われた噂、マフィアの人間というものと結びつくのだ。所詮噂、マフィアと暴力団は別物だが似ているといえば似ている。
「ウチのクソ親父のせいでどこ行ってもこんな感じの反応されてまうねんな。まぁ、この学校生意気なアホ多いみたいやし、結構荒れてるって聞いたからボクみたいなやつでもやってける思て来ました。売られたケンカは買うから、いつでもきぃや?」
細身でまつ毛が長く、知的な雰囲気があるがその糸目と薄ら笑いのせいで胡散臭さが拭えない。背筋を伸ばし、ほとんど足音を立てずに自分の席へ向かう彼は不思議だった。

 授業は作業。適当に聞き流しても俺たちクローンにはデータチップというものがあるから、テスト直前にダウンロードすれば十分だ。普段の授業をまともに受けている生徒なんていない。俺も例外ではなかった。別に真面目にやらないことをカッコいいと思っているわけではない。楽な道があるなら、選ばない方がおかしい。このことでぎゃあぎゃあ言う純身がいるが、お前らだって何もせず金が入る生活があったら飛びつくくせに。
 四時間目の授業を終えた俺は、武村を連れてカフェテリアへ向かった。昨日のようなことはいつものことだから、カフェテリアというよりかはコロッセオなのだが、まぁいい。美味しい和食があればそれで十分だ。
 半壊したドアを開け、カフェテリアの中に入る。ざわざわ、と言うよりかはガァギャァというオノマトペの方が近い気がする内部は、生徒でごった返していた。
「んじゃ、俺が取ってくるわ」
武村がまたプレートを取りに行ってくれた。あの人混みに揉まれるのはごめんだから、非常にありがたい。
 辺りを見渡し、座れそうな席を探す。ちょうど左奥ぐらいに、綺麗で壊れていなくて厄介な輩のいない席が見つかった。
「あぁ、文元だ」
視線の先にはパン片手にふんぞりかえる文元と、辺りを警戒するアメフト部員、そして文元を取り囲む女たちだった。文元は例の腕THTを見せつけるように袖を捲っており、脱いだブレザーは袖を括って首にかけ、マントのようにしていた。
 すると文元の近くに男が近づいてきて、何かを耳打ちして去っていった。文元はしばらくするとパンを机に置き、立ち上がった。ボディーガードを連れて進む先には、あの転校生がいた。
「あちゃー、こりゃマズいことになったな」
文元と転校生は机を挟んで見合う形になった。文元が机に手をつき、話しかける。ここからはそう遠くないから、話の内容は大体聞こえた。
「よお、お前転校生らしいな」
「せやで〜」
「気持ち悪く笑いやがって」
「気ぃ悪くさせたんやったらごめんなぁ?でもこれ、やめよ思てやめれるもんちゃうねん。呼吸みたいなモンや、カンニンしてな」
文元の腕に赤い光が走る。と同時に甲高い音が聞こえてきた。昨日と同じ、起動音だ。
「ここでのルールを教えてやるよ」
「ホンマか?キミ、優しいやつやな」
ここでついにキレたのか、文元は転校生のプレートに載った焼き鮭を徐につかむと放り投げた。
「俺がルールだ」
ハッ、と転校生が鼻で笑った。
「キミがルール?面白いこと言うなぁ、えぇ?」
「笑ってんじゃねぇよ!」
文元はついに転校生のプレートを取り上げ、それで転校生を殴った。
「あ〜ぁ。和風定食、美味しかったのに」
「お前!」
文元が振り上げた腕を、ボディーガードの一人が掴んで止めた。どうやら、本気で殴ろうとしていたようだ。武村の言っていた通り、本気で殴ると殺してしまうようだ。
「まぁまぁ、一旦落ち着きぃや。売られたケンカは買うんがボクの信条やけど、腹が減っては戦が出来ひん言うてな。今日はやめとくわ」
転校生が頬杖をつきながら話しているのを、文元は解せなかったようだ。ボディーガードの手を振り解き、転校生の腕を掴んで頬杖をやめさせた。
「生意気言ってんじゃねぇよ」
「キミなぁ、ええこと教えたるわ」
転校生は手首を九十度に曲げ、ちょうど何かを持ち上げるような形にした。手を開き、手のひらを上に向ける。
「あれ、あの子の腕…」
転校生の腕はテカテカしていて、明らかに金属製だった。そう、腕がTHTに換装されていたのだ。次の瞬間、その手のひらを赤い光が走り、中央から何かが飛び出た。光を反射して光る銀色のそれは、刀だった。
「ケンカ売る相手は選びや?」
あれは見たことがあるTHTだった。ヘルドックスの高度武装THT、『KATANA』シリーズの傑作「閃光」。世界で三本しか販売されず、その切れ味や耐久性、使いやすさが非常に高い評価を得た代物だ。
「おまえ、なんでそんなもの持ってるんだ?」
「なんでやろなぁ〜?」
文元はボディーガードの一人に連れていかれ、もう一人のボディーガードは刀を飛び出したまま微笑んでいる転校生に対して構えをとっていた。

 なかなか変な転校生が来たものだ。

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