見出し画像

ICONIC / アイコニック ⑦

 1時間ほどの昼寝をした俺は軽い頭痛に襲われ、クローン用の頭痛薬を服用する羽目になった。才能の開発よりも頭痛を根絶する機能を開発してくれ、と思う。
 購入者の夫婦のうち、執事の車に乗って帰ってきたのは女性、俺の立場からするに母親のほうだった。執事いわく父親のほうは泊まり込みで働くことになったらしく、帰ってきていないそうだ。
 母親は執事の作った野菜スープを一杯飲むと、すぐに寝室に向かい眠ってしまった。執事は明日の朝食の下準備をした後、庭に建っている執事用の家に帰って行った。
 午後7時半、誰もいない広いリビングで俺は一人で何もせずソファに寝転がり天井を見つめていた。
「第弐話 見知った、天井。か…」
くだらない独り言に笑みを溢しながら俺はおもむろに起き上がると、3Dホログラム卓上投影機の電源を入れた。アカウントを選択し、パスワードを入力しログインする。
「メールが…6件か」
ホログラムディスプレイは最大で6個表示することができ、俺は昔から用もなく6個表示するのが好きだった。なんというか、凄いのだ。どこがというわけじゃなく、ただ格好いいのだ。それだけである。
「げ、全部武村からじゃないか…。THTの新作に関してのメールだろうな、どうせ」
武村とのトークルームを開き、内容を確認する。
「機龍のTHT情報と…今日文元が使っていたヘルドックスの武装THTのWikiのURL…それについての武村の感想と…?なんだこのURL?」
機龍とWikiをそっちのけで最後に送られてきたURLのサイトに飛ぶ。が、そのページに入るにはパスワードが必要だと警告が出てきてしまった。
「なるほど、ここの中の情報をコピーしてくれってことだな?」
右上のディスプレイでパスワード解除用に作ったプログラムを起動し、中央にあるさっきのページと接続させる。接続確認の間に右のディスプレイにプログラミングするためのページを表示した。
「学校のデータベースにだって侵入したことがあるんだ。多少難易度が変わっても似たもんさ」
しかし今回のハッキングは難航した。パスワードの解読がうまくいかず、解析のアシスタントプログラムも歯が立たない。おおよそ3時間ほど経っただろうか。ここでようやくパスワード解析が成功し、ページへのアクセスができた。
「やっとできたか」
中央ディスプレイを拡大し、表示されているページをよく見た。
「なんだこれ?NFA?」
ページに表示されていたのは見知らぬクローンについての説明だった。
「しかもこれゴールドエッジのサイトじゃねぇか」
なかなかマズいサイトのパスワードを解除してしまった気がしたが、よくよく読んでみると「テクノ・カイザー」や「ヘルドッグス」「サマセット」などの大企業と共同で開発した機種と記載があり、おおよそゴールドエッジの暇な職員のイタズラだろうと考えられた。
「とりあえずサイトのPDF作って武村に送るか」
さっさとPDF作成を終えると、武村にそのデータを送信した。

 時計に目をやると、もうまもなく日付が変わるほどの時間になっていた。投影機をシャットダウンし、立ち上がる。大きく伸びをし、大きな欠伸をしたのち、俺は廊下に向かって歩き出した。リビングのドアを閉めるついでに明かりを消し、薄暗い廊下を階段に向かって歩いていく。
「そういえば転校生が来るんだったな」
階段を登る道すがら、今日武村が言っていたことを思い出した。ただの転校生だが、あんな学校では新しい娯楽として十分な存在だ。イジメ、イジメ、暴力、イジメ。恐喝にカツアゲ、自殺に盗難。右を向いても左を向いても地獄のあの学校では、その有様を知らない新入生や転入生、転校生の類はその反応が面白がられる。
「どんなやつが来るのやら。気弱じゃない、できればクローンの生徒じゃないとな」
新入りは煙たがられるのがあの学校だ。よほど肝が据わっているか、あるいは高グレードのクローンでない限り、もれなくイジメや恐喝の対象になる。典型的ないじめられっ子、というのであろうか、そういう類の生徒はまぁ1ヶ月持てばいい方だ。
 部屋の扉を開け、部屋の明かりをつける。机の上のヴァールハイト誌を手に取り、本棚に仕舞う。階段を降りて下の部屋のベッドに身を投げた。ふかふかのベッドはこの世の何よりも素晴らしく心地が良い。しばらくそのまま呆けた後、起き上がることなく布団にくるまり、音声コントロールシステムを使って消灯した。部屋には窓から差し込むもの悲しい冬の月の光だけが満ちていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?