第7章

【眠れない夜】第7章 2008年 逮捕

「え、本当ですか!?みさとが・・・。」

僕は朝目覚めると、井上刑事からの着信がたくさん入っていることに気付いた。それにしても、頭が割れるように痛い。胸やけもひどい。そういえば昨夜死ぬほど吐いたことを思い出した。こういう時は二度と酒は飲むまいと思う。
気は進まなかったが、刑事の井上に電話した。
彼は驚くべきことを口にした。広畠みさとが逮捕されたというのだ。僕は耳を疑った。なぜなら、犯行時刻の昨日の朝8時過ぎに、ぼくは彼女と会っているのだ。それに少なくとも、彼女は嘘を言っているようには思えなかった。
しかし、彼女がヒステリックな性格であることは知っていた。彼女が怒ったときは、手を出すということも知っていた。だが、人を殺すような人間だとは思えなかった。

「広畠みさとに関して、あなたに伺いたいことがあります。至急神南署まできてもらえますか。あなたが、昨夜から渋谷にいるのはわかっていますよ。」

確かに僕は、昨夜からすでに渋谷に来ていた。木島と一緒に行ったキャバクラは渋谷にあったからだ。とにかく、神南署に行って真相を確かめねばならなかった。それに、僕に聞きたいこととはなんなのだろうか。

「あぁ、佐々木さん。昨日から何回もお電話したんですよ。」

「すいません。ちょっと飲んでまして。ところで、どうしてみさとが逮捕されたんですか?」

「質問をするのは私ですよ。佐々木さん。とりあえず、こちらに来てもらえますか。」

井上刑事は、昨日のような愛想はなかった。僕は、この時あまり気を抜いては行けないと思った。彼は僕から何かを引き出そうとしているようだ。
私は、個室に連れて行かれた。そこには、昨日井上と一緒に来たハゲオヤジの刑事がいた。

「昨夜、殺人の容疑で広畠みさとを逮捕しました。あなたは、昨日の朝彼女と一緒だったんですね?彼女から何か聞いていませんでしたか?」

この時、はじめてハゲオヤジの声を聞いた。

「はい。確かに、私は昨日の朝、彼女の家にいました。朝の7時前にみさとから電話があったんです。飲みすぎて頭が痛いから、買い物してきてほしいということでした。私は、仕事があるからと、一度断ったのですが、彼女にどうしてもと頼まれて行きました。」

「わざわざ1時間かけてですか?あなたは彼女とはどういう関係だったんですか?」

「ただの友達です。でも、藤森オーナーを紹介してくれたのは彼女でした。」

刑事は少しの間黙って、僕の眼を睨みつけてきた。

「広畠みさとは、藤森忠の愛人でした。あなたは知っていましたか?」

「・・・。」

まったく知らなかった。

「知りませんでした。」

「そうですか。それなら、あなたは少しショックを受けたのじゃないですか?」

さすが刑事だけあって、いいずらいことをずけずけと言ってくる。
僕は、黙っていた。

「あなたが、昨日広畠みさとと会った時、どういう話をしましたか?覚えていることをできるだけ話してもらえますか?」

ハゲオヤジの刑事は、言葉づかいは丁寧だが、有無を言わさない雰囲気だ。

「彼女は、おととい誕生日でした。彼女は、一人で代官山で飲んでいたそうです。そこで、飲みすぎてしまい、帰り道で寝てしまった。その後、誰かに家まで連れて来てもらったそうです。とにかく、飲みすぎて気持ち悪い、頭が痛いと言っていました。」

僕が話し終わると、しばらく沈黙が続いた。

「ふふふ。」

刑事が含み笑いをした。

「銀河さん。あなたは嘘をついていませんよね?でなければ・・・。」

ハゲオヤジは半笑いしながら、言葉を続けた。

「あなたは、広畠みさとにずいぶんと騙されていますよ。あなたは、彼女のことが好きだったんですね。でなければ、人間はそんなに人を信用することはできない。」

たしかに、彼女を想ったことは一時あった。しかし、今はただの友達としか思っていなかった。僕はなにも応えず、刑事の話の続きを聞いた。

「おとといの夜、確かに彼女は一人で代官山のイタリアンバーで飲んでいた。」

なんだよ。騙されちゃいないじゃないか。

「しかし、9時くらいになるとそこに男が現れた。そして、10時くらいには一緒に店を出て行ったそうだ。その男が藤森忠だ。店の従業員が顔を覚えていた。それによく二人で来るようだ。」

じゃあ、彼女は藤森と朝まで一緒だったってことか。愛人なら当然のことだろう。その話しが本当なら、みさとが疑われるのはしょうがない。

「でも、藤森さんは結婚なされてたんじゃ・・・?」

「ああ、確かに娘がいる。しかし、彼はすでに離婚して渋谷のマンションで一人で暮らしていた。」

「それじゃあ、愛人っていう言い方は、おかしいんじゃないんですか?」

「銀河さん。あなたはずいぶん広畠の肩をもちたがるね。確かに、愛人といういい方は少し違うかもしれない。しかし、藤森オーナーが目をかけていた女性は広畠だけではないんだ。他に少なくとも3人はいる。みんな彼の店の女の子だ。」

なんだか、話についていけない。僕は、頭がだんだん痛くなってきた。

「とにかく、あなたは容疑者が犯行後に最初にあった人物なんだ。」

「みさとはなんて言っているんですか?犯行を認めているんですか?」

「あなたが言ったことと同じことを言っているよ。しかしあの夜、藤森と一緒にいたのを目撃され、朝方も彼のマンションから出てくるのを、マンションの住人に目撃されているんだ。今一番の容疑者は広畠みさとだよ。」

井上刑事は、昨日の夜から僕が渋谷にいることを知っていた。会社を出てからずっとつけられていたってわけだ。僕を共犯者にしたいらしい。

「僕をまだ疑っているわけですね。そうだ、凶器の指紋とかあったんですか?」

「ずいぶんとむきになっているじゃないか。銀河さん。凶器はまだ発見されていない。藤森のマンションから検出された指紋は、広畠みさとと吉原昭三のものだけだ。吉原はクラブエンドレスの店長だ。」

「じゃあ、その吉原があやしいじゃないんですか?」

ぼくは、冷静でいられなかった。とにかくなにか話していないと、疑いが晴れなそうで不安であった。

「吉原にはアリバイがある。」

刑事はめんどくさそうにいった。しかし、

「残念ながら、私たちはあなたを逮捕できる物的証拠があるわけじゃない。今日は帰ってくれてかまわないよ。」

と、本当に残念そうに続けた。なんだか、狐につままれたような感じだった。みさとと会って話したかった。でも、それは許されなかった。
その後会社に行っても、仕事が全く手に付かなかった。もはや、社長は何も僕に言わなかった。
よくよく考えてみると、刑事の言っていたことは、なんだかしっくりこなかった。
僕は、みさとが金使いが荒いのは知っていいたが、借金で困っているなんてことは聞いたことがなかった。
それに、僕はみさとに面会する権利はあったはずだった。それなのに許されなかった。まるで、刑事の方が僕に嘘をついているようだ。なにかを隠している気がする。
ただ、彼女と藤森オーナーと何かある。それは、本当だろう。一介のキャバクラ嬢の紹介で、無名の人間に店の改装を任せるなんてことは、まずありえないことだからだ。
考えれば、考えるほどわからなくなってくる。

「おい!銀河!!聞いてるのか!?」

「はい!すいません。考え事してました。」

「銀河。もう今日は帰れ!!・・・そして、しばらく会社にはこなくていい。お前がいるといろいろ迷惑だ。」

本当に、はっきりとものを言う社長だ。しかし、彼の言うとおりだ。いまの僕は、使い物にならない。

もはや、生きていても何の意味もないんじゃないか。
そんな思いが、常につきまとうようになっていた。

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