第3章

【眠れない夜】第3章 2008年 浪費

「え~、もう帰っちゃうの?もっとかいとと一緒にいたいよ。」

「あぁ、ごめん。おれ今日金ないんだ。」

キャバクラ嬢の甘いささやきが後ろ髪を引く。
週末はキャバクラでむなしく時を過ごす日が続いていた。もっといたいのは山々だ。けれど、本当にお金がなくなってきたていた。
キャバクラ行くために働いているのか僕は・・・。いつもむなしさが込み上げてくる。

彼女がいないのはもう3年くらいだろうか。しかし、3年間何もないわけではなかった。
一週間付き合って突然振られたり、体だけの関係をもったりする女は1年に2~3人現れた。
前の彼女だってすごく好きっていうわけではなかった。勢いで付き合ってしまったようなものだ。

本当に人を好きになれるのか。
本当に人から心から愛してもらうことはできるのか。自信をなくしていた。
お金だけが快楽を与えてくれた。

あるの日の朝、7時前だ。いきなり携帯が鳴った。これは目覚ましのアラームの音楽じゃない。着信だった。

「みさとか・・・。」

アッシー君とかメッシー君とか昔言ったけれど、僕はおそらくメッシー君なのだろうか。むしろなんでもいうことを聞いてくれる都合のいい男だ。

「もしもし?」

「かいと?ローソンでアイス買ってきて!!」

朝の7時前から、むちゃくちゃをいってくる広畠みさと。

「は?これから仕事行かなきゃいけないから無理だよ。ごめん」

「いいから来てよ。頭痛くてうごけないの。すごく体調悪いの!助けてよ!」

「だから、無理だって。」

「わかった。もう知らない!!」

一方的に電話をかけて来て、一方的に切られた。僕をなんだと思ってるんだ。

広畠みさとと知り合ったのは、大学生の時の飲み会だ。顔が小さくて小柄で可愛かった。あるアイドル歌手に似ていて、会った瞬間に好きになっていた。
でも、未だに良い友達の域を出ない。月に一度か二度一緒に食事したりしている。知り合ってからもう6年以上経っていた。
だが、このわがままな性格を知ったら、いまさら付き合いたいとも思わない。でも、実際会うとすごくかわいいのだ。キャバクラでナンバーワンになったことがあるくらいだから。

「もしもし?今から行ったら1時間くらいかかるけど・・・。」

結局携帯をかけ直していた。自分が情けない。

「ありがとー!!」

はぁ・・・。

その後すぐ、今日は現場に直行だから、用事が出来たことにして「少し遅れる」と現場の人に連絡を入れた。

みさとは渋谷に住んでいた。渋谷とはいえ、駅から歩いて10分くらいの閑静なところだ。

「で、何買っていけばいいの?」

僕は彼女の家の近くのローソンにいた。

「えーとぉ、おにぎりとアイスクリームと・・・。」

なんで仕事さぼって、こんなことやってるんだ。と思いつつも、みさとのために、おにぎりやアイス以外にもパンや飲み物も買っておいた。

「ちょっと!!私昨日大変だったの!!」

みさとの家に入ると彼女は勢いよく話しだした。おもったより元気そうだ。

「私、昨日道路で寝ちゃって、誰かに家まで運ばれたの!!」

そういえば、昨日の夕方もみさとから電話が入っていた。でも、めんどくさそうだからシカトしてたのだ。

「最悪の誕生日だったよー!!」

言われてみれば、昨日はみさとの誕生日だった。知り合ったばかりの頃は、彼女の気を引こうとプレゼントをあげたこともあったな。

「なんで、そんなことになったの?」

みさとは、一人で代官山のバーで飲んでいたらしい。彼女はそこの店員を気にいっていた。だいぶ飲んだあげくタクシーに乗った所までは覚えていたようだ。タクシーを降りたあたりで彼女は道端で寝てしまったらしい。
そして、家の近くのピザ屋さんに発見されて、自分の知らない間に家に運び込まれた。届けてくれた人は、わざわざ置手紙までして帰っていったようだ。みさとは、口早にそれを語った。

「もぅ、最悪!!すっごい恥ずかしいんだけど。」

ってか、彼女は下着姿のままだ。本当に目に毒だ。変な気が起きかねないのに・・・僕は信用されすぎてる。

「大変だったな。でもそんなことで、わざわざ呼び出すなよ!!」

なんて言葉が言えりゃ楽なんだけど。

「そっか、とりあえず誕生日おめでとう。ほら、おにぎりとかパンとかたくさん買ってきたから、今日は家でゆっくり休みなよ。」

甘やかしてしまう。気づくと時計は9時半を過ぎていた。

「まじありがとうね。かいと」

「あぁ、おれもう行かないと。仕事あるから。」

「うん。」

みさとの笑顔は本当にかわいい。ずるいと思う。
でも、これをみると許してしまうんだ。女の演技力ってこわいな。

帰りがけ、みさとは何か言いたそうな顔をしていた。でも、僕はそれも彼女の演技だと思った。あまり気にしないで彼女の家を出た。
これから仕事だと思うと本当に憂鬱だ。このまま仕事いかずに、バックれてしまえば会社を辞められる。

でも、それじゃあ負け犬だ。仕事が中途半端なままで逃げ出すことだけはしたくなかった。

それに、僕は就職してから心に決めていたことがあった。
海外への留学だ。少しずつお金を貯めようとしてるんだが、みさとにおごったりキャバクラで使ったりして消えていくのが実情だ。
でも、お金が貯まったらいまの会社を辞めて海外に行くんだ。それを支えにして仕事に向かっていた。

だけど、僕はあまり強い人間ではなかった。

「すいません。渋谷のカラオケボックスが昨夜停電があったみたいで、夜中に電話があったので見て来ました。」

会社に一言電話をいれて現場に向かおうとした。

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