第9章

【眠れない夜】第9章 2008年 再会

「そんなことありましたね~。」

阿部美香は、僕が勧めた焼酎の緑茶割を飲みながら上機嫌だ。

「でも、細木先輩私をひっぱたいたんですよ。なんで私だけ殴って、亮介先輩を殴らなかったんですかね。おかしくないですか?」

「そうだよな。」

美香は、その時のことを明るく話す。まるで今は、あまり気にしていないようだ。
それはそうだろう。あの時から、もう10年以上経っているのだ。
僕は、10年ぶりに美香と会い。二人きりで居酒屋に来ていた。
最近流行りのソーシャルネットワーキングサービス(いわゆるSNS)を通して、僕は最近美香と連絡を取るようになっていた。
僕は日頃のストレスを、SNSの日記に書くことで、少し発散していた。
日記を書くと友人がコメントをくれた。それは、僕の生きる励みになった。美香も時々コメントをしてくれた。

SNSで阿部美香と知り合ったのは1年くらい前だ。
しかし、実際に最後に会ったのは高校の卒業式が最後だ。それ以来美香に会ったことはなかった。
だから、今日は10年ぶりの再会だ。

先日、僕が書いた日記をきっかけに、美香と会うことになった。
美香との思い出はそんなに多くはない。
僕が演出をしていた時に、彼女に泣かれた。実際具体的に覚えているのはその程度だ。
それでも、同じ部活の後輩だし、感情的には妹みたいなものだ。

待ち合わせは、新宿駅の東口交番前だった。
ここは、新宿でも待ち合わせの定番の場所だ。これからデートに行く人や、飲み会に行く人が沢山待っている。
8時の待ち合わせに僕は少し遅れてきた。
後輩とはいえ10年ぶりに美香に会うのに緊張していた。早く着いて待っているのが嫌だった。
しかし遅れてきても、緊張は変わらなかった。胸がドキドキしていた。

「あー!先輩!!」

「おぅ、阿部じゃん!・・・かわってねぇな。」

彼女の元気な雰囲気に僕の緊張感はすっ飛ばされた。

「え~、かわってませんかぁ?」

彼女は、久しぶりにあったというのに、物おじせず上目づかいで話してくる。

「う~ん。でも、綺麗になったかもな。」

「やったぁ!」

彼女は無邪気にガッツポーズをした。なんだか、かわいらしかった。
そうして、僕たちは居酒屋に来て二人で飲んでいた。
ストレスが溜まっている僕は、いつものようにお酒をどんどん身体に流しこんでしまう。
でも、今日は本当に気分が良かった。
キャバクラ嬢意外と二人きりで飲むのは久しぶりだ。いや、みさととはたまにこうして二人で飲んだ。
でも、いまだ彼女は留置所の中だ。

「あのさ、気になってたことあったんだけど、結局細木とはいつまで付き合ってたの??」

「え~。やっぱり聞きたいですか?」

「おぅ、教えてよ。」

「たしか、私が3年になった時の6月です。」

美香が高校3年だったってことは、おれと細木洋介は大学1年の時だ。
細木とは別の大学に行ったから、卒業してからあまり会うことはなかった。

「でも、細木先輩別れる時、酷かったんですよ。私が、別れたいっていったらなんて言ったと思います?」

「わからん。」

「・・・じゃあ最後にやらせろって言ったんですよ。ひどくないですぁ?」

美香は、僕が酒を飲ませたのもあって、結構酔っているようだ。顔が赤い。でも、そんな顔を赤くして笑うのもかわいらしかった。

「そりゃひでーな。」

「しかも、そういいながらスカートめくってきたんです。だから、わたしサイテーって言ったの覚えています。」

高校生の美香が、スカートをめくられるのを少し想像してしまった。僕もだいぶ酔っていた。

「はははっ」

10年というお互いに重なっていない時間は、あまりにも長く。話は盛り上がり、尽きることはなかった。
久しぶりに会ったというのに、10年前に戻ったような気分で美香と話していた。

「ところで、美香は今付き合ってる人いるんだよね?」

楽しそうに話していた美香が、急に元気がなくなった。まずいことを訊いてしまったのか。

「はい。いるんですけど・・・。」

「ですけど??」

「あんまりうまくいってないんです。半年前一回別れたんですけど、職場が一緒だから気まずくなっちゃって・・・。2ヶ月くらい前からまた付き合ってるんです。」

「そうなんだ。確かに職場が一緒だと気まずいよな。」

「そうなんです。それに、最近会うたびに喧嘩ばっかりしてるんです。」

「別れればいいのに。」

「みんなにそう言われます。でも、また職場で気まずくなるのが嫌なんです。」

美香はうなだれてそう話した。僕はなんて励ましていいかすぐ言葉が出てこなかった。

「そうだっ!!この後カラオケでも行かねぇ!?カラオケ行ってすっきりしようぜ。」

僕は思い切って、美香をカラオケに誘った。
元気のない彼女に何かしてあげたかったし、美香とこのあともずっと一緒にいたいと思った。

「・・・いいですよ。私も最近カラオケ行ってないんで。」

僕は内心ガッツポーズをとった。

「よっしゃ決まりな!」

僕は笑顔で言った。美香もそれに笑顔で応えてくれた。なんだか、胸が高鳴りだした。誰かにドキドキするなんてずっと忘れていた感情だった。
東京の夏は、例年蒸し暑い夜が続いている。
居酒屋を出ると、生ぬるい風が肌を掠めた。時間は10時を過ぎていた。これから、カラオケ行ったら終電過ぎるかもしれない。
それは、それでいいかも。なんて気持ちが浮かんでくる。

「どこの店行く?カラ館でいい?」

「どこでもいいですよ。先輩の知ってるとこでいいです。」

美香は、大人になっていた。
話し方は、昔のままのようだが、しぐさや表情が明らかに昔と違う。
僕は、美香と話しながらドキドキしていた。
新宿は眠らない街というけれど、本当にそうだ。こんな時間なのに人がたくさん歩いている。
それに、ホストが客引きをしたりしている。美香を見失いそうだ。

「先輩・・・?」

美香は、少し驚いたようだが抵抗はなかった。
しかし、彼女の身体が硬直したのを感じた。
僕は美香の手を握ったのだ。
僕は半ば強引に、新宿の人ごみの中彼女の手をひっぱって進んだ

今は、みさとのことも、仕事のこともどうでもよかった。
美香といるこのひとときを大事にしたいと思った。

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