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宮澤賢治のこと

少し前、宮澤賢治のことをぼんやり考えていた時期がある。どうしてだか、頭の中に出てくるのであった。


わたしにとって、宮澤賢治といえば、これである。

わたしにとって、ジョバンニは青い猫であり、カムパネルラは赤い猫であった。いまでもそうである。

妙に無機質な世界観のなかで二匹の猫がやりとりしているのを、なんとなく覚えている。おとなになってから画を眺めると、その世界はスーラやシニャックに代表される点描画を模したものから始まるように思える。そして、ダリやキリコを思わせる、浮世離れした不思議な世界へ場面を移す。誰もいない世界に足を踏み入れたような、ほかには無い感覚。

これは、作品から立ち上がってくる「ここではない、どこか異世界のものがたり」という肌ざわりを的確に表現したものに思えた。そして、想像力を具現化する、という映像の持つ能力に、驚いたのであった。


ケンタウル祭、ひとり喧騒から離れたジョバンニは、満天の星の下、突如として現れた銀河鉄道に乗ることになり、そこには、カムパネルラが居た……。


わたしにとって、銀河鉄道の夜とはそういう体験だった。



昔、ツーリングで走り抜けた韮崎市には、銀河鉄道展望公園なるものがある。広く知られているわけでもなく、無粋な言い方をすれば、ただの広場である。

韮崎の農道、昔は猛烈に走り抜けるだけだった。その何年か後にここを訪れたことがあった。今でこそ夜は明るいけれど、昔は、夜になると、真っ暗ななか通り過ぎる中央本線の列車が、闇の中を進む銀河鉄道に見えたらしい。そうであれば、その空に満天の星も見えたに違いない。

この公園があるのは、韮崎が保阪嘉内の出身地だ、というのもひとつの理由なのだろう。保阪嘉内の存在が、銀河鉄道の夜を書くに至った一つのきっかけであることは間違いない。もしかしたら、一番の理由だったのかもしれない。

「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」
ジョバンニがこう云いながらふりかえって見ましたら


*   *   *


宮沢賢治のことをなんとなく思い浮かべて、なぜだろうと思っていた。そういう時間を過ごしているとき、偶然にもnoteで教えていただいたのである。

ミーミーさん、ありがとうございます。


すぐにネットで本を注文したけれど、そこでは「在庫確認中」のまま一週間が過ぎようとしていた。待たされるのは時間を長く感じる。

一度注文をキャンセルして、別のネット書店へ発注してやっと手に入れた。宮沢賢治の元素図鑑。ひととおり眺めたところ、わたしの扱っていた元素があった。

ロジウム。

わたしは化学者である。有機化学を土台にしたプロフェッショナルである。学生のとき、ロジウムを扱っていた時期があり、新しい反応経路を見つけ出す研究をしていた。



わたしのことはさておき、宮澤賢治である。

宮澤賢治の作品に、科学にひもづく表現が多いことに気づいてはいた。農学校で教えていたことも知っていた。しかし、わたしは知らなかった。宮澤賢治がこのように綴っていたことを。

私は詩人としては自信がありませんけれども、一個のサイエンティストとしてだけは認めていただきたいと思います。

彼もまた、サイエンスの世界に身を置く者であったのだ。


彼のまなざしは、人間の表に出てくる感情の向こう側を見ようとしている。そのように感じる。

宮澤賢治独特の表現の源はここにあったのか。感情の向こう側に焦点を合わせるには、感情の向こう側を構成する、ものごとのことわり、を知っていなければならない。彼にとってそのひとつが、サイエンスであったのだ。

彼は物事の成り立ち、人間の成り立ちを「階層」と見ていたようだ。感情の出てくる源流を、階層をたどっていって、何に突き当たるのか。彼にはサイエンスと法華経とがあったのだ。人間を人間たらしめているもの、生物を生物として成り立たせているもの。五体、細胞、タンパク質、こういうものは、何から成り立っているか。彼の思索メモを一部抜粋すると、以下のようである。

けんじ

ここで、原子までまでさかのぼり、またそこから流れを下ってみる。原子はその組合せによって石になったり人間になったり水になったり稲になったりすることに気づく。そのいくつかは命を持ち、そのいくつかは命を持っていないのかもしれない。命を持っていないように見えても、それは見る側がそう感じているだけで、本当は命を持っているかもしれない。人間の気づかない周期で呼吸をしているのかもしれない。なぜならば、すべてのものは原子からできているからだ。人間だって原子から成り立っている。

この世界は、原子を組み合わせたものたちが、それぞれ共鳴しあうことで成り立っている。人間からみて命あると見えるもの、一見そうは見えないものも含めて。そもそも、命とは何だろう。

命あるもの。そうは見えないもの。ここに差はあるのだろうか。命終わると思えるもの、別離が訪れると思えるもの、それは本当だろうか。本当は、一旦集まった原子がまた、ばらばらになっただけなのではないか。そこに命があると思い込んでいるのではないか。なぜそこに命が宿るのだ。

命は、どこから来て、どこへいくのだろう。それとも、なにもないところから現れ、また消えていくのだろうか。


宮澤賢治の作品のなかで、よだかは星になって燃え続け、しかし一方で、カムパネルラは、石炭袋へ消えた。ブドリは、皆を生かすことで、自らも他者のなかで生き続ける。

目に見える命が無くとも生き続けるとすれば、生きるとは何だろう。命と、生きるということと、その間には何があるのだろう。


彼の作品を改めて眺めると、人や動物や景色、山川草木が同じ目の高さで書かれているように思える。
すべてのものを切り分けていけば、同じものに行き着く。水素、炭素、酸素・・・。そういった「同じもの」から出来上がっていながら、違う形をした対象を、等しく尊重している。その世界のなかに据えられた、自分という存在を彼はこのように認識していた。

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

春と修羅 序

そこには、サイエンスという土台だけではなく、彼が少年のときに衝撃を受け、深く傾倒した法華経の影響もある。このバランスを保ちながら、そのときそのときの感情のゆらぎ、五感の気づきをしたためてきたのだ。そして、サイエンスの到達し得ない領域があることを知り、拠りどころを法華経へ求めていったようにも思える。


自分というものは、悠久の時の流れからみたら、
まるで、ちらちらと瞬く有機的な青い照明のようなものだ。
けれども、その自分という照明は、
梵我一如といわれるように世界と一体にある。
風景や、山川草木もみな同じである。
命の活動は、交流電灯の明滅にも似て、
それぞれのことわりに従って、またたくようである。
危うく消えるようでまた明るく輝く。
それを繰り返し、確かに灯り続けている。
そうして、電灯という仮住いを手放したとしても、
魂は世界のどこかで、ひかりをたもち続ける。

悠久の時の流れのなか、浮かんでは沈み、
またいつの日か因縁和合すれば、
原子の集まりとともに
命宿る仮住いを得て
出会いの歓び、別離の悲しみを
繰り返すのだ。


サイエンスを血肉とした彼には、微細なものを見逃さない観察眼、透徹した論理性があり、また、心の奥底を見つめる仏道・法華経の世界があった。これを片手づつに携えて、彼は世界を観て、感じて、日本語という道具で心の風景を、見える形に組み上げていったのだ。

その世界観は、表層的な情緒表現で片付くものではなく、時代、世代によらず誰もが内側に抱え、感じている人間の性、業といったものに向き合っているように思える。

いつの時代も変わらない、人間の普遍性。


アニメーションになった銀河鉄道の夜のなかで、愛すべきカムパネルラはこう言った。

「ぼくたちはいま、120万年を一気に走り抜けてきたんだ、風みたいに」

これは、原作に無い台詞ではある。宮澤賢治がこれを見たらきっと、物語の中に書き足すだろうと感じた。
彼は、イギリス海岸での化石の発見を通じて、悠久の時を超える生命の形を見たのだ。100万年以上も前の命が形を保っていて、それをいま、自分が手にしている。無限に広がる時間のなか、形を持つものさえ100万年を耐える。化石を目の前にして、120万年前と今とが、一瞬にしてつながりをもった。

(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

電灯という「からだ」は失われても、ひかりは確かに灯り続ける。


*   *   *


どうして、宮澤賢治のことがふわふわと浮かんだのだろう。何も考えずに再生ボタンを押したのがきっかけだった。

久保田さんと尊敬すべきクリエイターの皆さんが作り上げた「夜標」。腕利きのクリエイターの皆さんが、のびのびと活躍している感じがとても好きです。

わたしにとっての宮澤賢治は、どこか幾何学的なイメージがあって、通り一遍の詩人、作家ではなかった。

情熱とは一線を画した俯瞰的な、醒めた視点が常にあるような気がしていて、それはこの曲のタイトルを幾何学的な骨組へ簡略化したイメージであった。感情、イメージを磨いて磨いて、残った骨組。

夜標。三角標。それが宮澤賢治のことに思いを馳せるきっかけとなった。


*   *   *


ミーミー さん
 素敵な本をご紹介くださりありがとうございました。これまでより一歩踏み込んで、宮澤賢治の世界を覗いたような気がしました。

久保田 友和 さん
 感性を刺激する動画を作ってくださりありがとうございました。制作段階でのそれぞれの方とのやりとりも、とっても楽しませていただきました。