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Bringer of Jubilation 平良達郎

平良達郎選手(THE BLACKBELT JAPAN)が、UFCで見事にランキング5位のペレス選手を撃破。いよいよベルト挑戦も見えてきそうな状況だ。ここで、少し思っていることを綴っておこうと思う。

最初に断っておくと、ファンとして平良選手を外から見てきた話だけなので、裏話などを期待する人には申し訳ないが、そういう話は全くない。


最初の注目

平良選手に初めて一般の修斗ファンの注目が集まったのは、2017年の全日本アマチュア修斗選手権だと思う。
ここで、平良達郎選手が、彗星の如く現れ(実際には、九州選手権を制していて、十分凄かった)、優勝を飾った。

振り返ると、この年の全日本アマ修は、同じフライ級の安芸柊斗選手に注目が集まっていた。東海、関西、中国の3地区で代表枠を獲得し、圧倒的な優勝候補と目された。一般のファンの間でも、凄い高校生が現れたらしいよ、と話題になるほどだった。
一方で、平良選手は、九州選手権で優勝し、代表枠を獲得して全日本出場。もちろん、一つでもアマ修の地区選手権を制することは十分凄いのだが、正直、大会前の注目度という点では影に隠れていたと思う。

しかし、終わってみれば、平良選手が圧倒的な優勝。一本勝ちの連続で勝ち上がり、決勝こそ、同じ沖縄の親川選手と競って判定となったが、文字通り、抜群の強さを発揮したといえる。

もう古いことはどんどん忘れちゃうので、自分の記憶で細かいことが語れなくて申し訳ないが、大会後に、平良選手の師匠である松根さんがブログに綴っていたことが、凄く印象的だった。

松根さん曰く、平良選手の格闘技のセンスが素晴らしいと高く評価。扇久保選手など、これまで松根さんが育ててきたトップ選手たちと比較しても、安定感があって安心してみていられた、という内容だった。(と思う)
とにかく手放しで褒めていて、「あの松根さんが、そこまで褒める選手なのか…」と、感心したものだ。

つまり、恥ずかしながら、その時は、まだ平良選手の凄さをそこまで理解できていなかった。

プロ修斗へ

翌年、平良選手はプロ修斗にデビュー。

はいはい、ギギオさんは、修斗は全部見る人でしょ?平良選手のデビュー戦も見たっていう老害自慢?と思われているかもしれない。
しかし、実は、平良選手のデビュー戦は見ていないのだ。

この時は、REBELS(今のKNOCK OUT)でハチマキ選手の復帰戦が行われるということで、ハチマキ選手と「応援に行きます」と直接約束したので、そちらを見に行った。不覚、とは言うまい。約束した後に、修斗の開催が発表されたから、そこは当然のことだ。

それはともかく、デビュー戦はyoutubeに映像があるのでそちらを見て欲しい。大竹選手を相手に、三角絞めで完勝した。序盤も伸びのあるパンチを中心にスタンドで攻める。右ストレートはこの時から強力な武器だったし、テイクダウンしてからフィニッシュまでの展開も素晴らしい。

2戦目は、地元の沖縄大会で、アマ修以来の3度目の対戦となる親川選手と、3戦目は新宿FACEで気鋭の関口選手と対戦。いずれも生観戦したが、見事勝利した。

個人的には、この頃から、「あれ、平良選手はちょっと違うステージにいるぞ」と感じ始めた。

試合を重ねていくにつれ、強すぎて、何が強いのかよくわからないという不思議な感覚に陥った。なんでもできてしまうし、全ての局面で上回ってしまうから、何が得意で何が苦手なのかがわかない。いわゆる、底が見えないという感想にたどり着いた。
その感覚は、関口戦、大翔戦、ジャレッド戦と進むにつれ、どんどん強くなる。修斗の試合はほとんど見てきたが(小堀選手との試合だけは、コロナ禍で非公開大会だった)、どの試合も完勝と言って良く、苦戦らしい苦戦はほとんど見受けられない。本当に凄いものを見ていると理解した。

そして、「ああ、松根さんが書いていたのは、こういうことだったのか」と遅ればせながら気づかされた。
僕らが立派な川だと思ってのんきに眺めていたものが、実は、はるかに大きな海だった。そりゃ、川幅を測ろうとした者に、海の大きさを測る術はない。そんな感じだ。そう、最初から自分は平良選手の器の大きさを見間違えていたのだな、と思った。
一方で、松根さんは、平良選手がいずれ大きな海のような選手となる可能性を、全日本アマチュア修斗の時には既に感じていたんだろうな。

修斗フライ級王座獲得

修斗で、清水選手、前田選手とレジェンド相手にも順調に勝ち星を重ねた平良選手は、2021年7月4日のプロ修斗大阪大会で、修斗世界王者福田選手に挑戦することとなった。珍しく大阪大会でABEMAの配信があったのは、この試合があるが故だったと思われる。

この時、松根さんは丸坊主にしてきた。師匠の鶴屋さんがそうしたように。修斗に人一倍強い思いを抱く松根さんが、この一戦に賭ける思いがビシビシと伝わってきた。

そして、この試合も、平良選手は圧巻の勝利。もちろん、福田選手は無茶苦茶強いけど、でも、この試合に限って言えば、結果的にノーチャンスだったと思う。それくらいの完勝劇だった。
王者となった平良選手は涙を流して感謝を述べ、最後は、松根さんと並んで笑顔も見えた。
ああ、大阪まで遠征した甲斐があった、本当に良いモノを見せてもらったと、つくづく思った。新しい修斗の王様よ、ありがとう。

高まるファンの声

ただ、この頃から、平良選手をめぐるファンの声は、色々騒がしくなっていったと思う。強さが知れ渡ると同時にファンが増えたが、議論が巻き起こるような状況にもなっていった。
簡単に言えば、「RIZINで見たい!」という声が高まっていった。

平良選手本人はUFC志向が強かったと思うが、何しろ、当時はUFCの壁が高すぎた。どうやったらUFCに行けるのかもよくわからない状況だ。さらに、コロナ禍で、海外勢の招聘が難しく、RIZINに日本人トップ選手が集まる状況でもある。日本のファンが「平良もRIZINで見たい!」という声を上げるのは、自然な成り行きだったとも思う。

中には、RIZINで勝ち続ければ、UFCから声がかかるかも知れないという、わかったようなわかんないようなレアケースを挙げて、何の保証もない話を持ち出す人もいた。
正直言って、そういう声に、自分はちょっとイラっときた。
いやいや、あなたのためだから、みたいなことを言っているけど、結局、自分がRIZINで見たいだけですよね?と感じたからだ。でも、まぁ、それも自由なんだけどね。

平良選手本人はUFCに行きたがってるわけだし、自分としては、行けるのであれば、まっすぐUFCに行く道を探って欲しかった。
マジで、RIZINでマッチメイクに振り回され、ファンを巻き込んで煽り煽られ、消耗しながら日本人同士でつぶし合いをするくらいなら、例えば、アメリカに移住して海外のフィーダーショーを狙って欲しいくらいだった。

もちろん、ファンが、RIZINで誰々選手とやって欲しい、どっちが強いのか見てみたい、と思うのは自由である。けれど、この純粋な才能を、ファンの願望で寄り道させ、消耗させるのはもったいない、という思いが強かった。
無茶ができる若さ故のゴールデンタイムは短いのだ。どこまで行くのか、見てみたい。だって、もう、平良選手が強いのはわかってるじゃん。興味があるのは、それが世界で通用するのか、だ。
ファンの願望で、選手を手元に置いて消費するのは、個人的には本意でなかった。

いずれにしろ、私たちが、ネットで議論しても始まらないことだった。
契約に関する話は、なかなか表には出てこないが、松根さんが、今の平良選手に最適な道を見つけ出してくれるはず、という信頼もあった。自分のような外野は余り騒がず、行く末を見守ることとした。

その後、11月にはVTJに出るのかRIZINに出るのか話題になったりもしたけど、結局、修斗を母体としたVTJに出場して、ここでも勝利。
そして、これが、修斗での区切りの試合となって、国内通算10戦全勝の平良達郎選手は、修斗を優秀な成績で、主席卒業していった。
おめでとう。最初になすべきことは、完璧に達成された。さぁ、もっと、高い空に向かって羽ばたいて欲しい。

UFCへ

UFCに行ってからの活躍はもう、皆が知るところなので、特に改めて書くこともない。

ただ、一つだけ言いたいのは、今をときめくUFCファイターとなった平良選手は、どんどん強くなること以外は、以前と全く変わらず、ファンに優しく、修斗を愛して、自身に関わる全てを大事にしてくれているということだ。

いつも修斗を大事にしてくれてありがとう。泣いちゃうよ。

プロ修斗沖縄大会で解説をする平良選手

種まき人であること 正しく導くということ

おお、わが兄弟たちよ、わたしはあなたがたを新しい貴族に任じよう。
あなたがたは未来を生み育てる者、未来の種まき人となってもらわなければならない、--

今後、あなた方に栄誉を与えるのは、「どこから来たか」ではなくて、「どこへ行くか」なのだ!
あなた方自身を超えていこうとするあなたがたの意志と足、--これこそ、あなた方の新しい栄誉であらねばならぬ!

ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った」

人を正しく導く。これができるのは聖人くらいであろう。
でも、最大限、それに近い人がいるとしたら、自分は、松根さんがその一人なんじゃないかと思っている。

もう一度、アマチュア修斗まで話を戻そう。

松根さんが、修斗での第一線を離れ、沖縄に戻ってジムを開き、2009年に沖縄でアマチュア修斗の大会を開催してから9年後の2018年。この年に、アマチュア修斗の沖縄選手権が開催が決定する。
これは、極めて異例なことが起きたと言える。

従来、アマチュア修斗は、全日本選手権を頂点として、地区予選として、北海道、東北、関東、北信越、東海、関西、中国、四国、九州と9か所で地区選手権が行われてきたが、そこに、新たに沖縄選手権の実施が加わるというのだ。
伝聞なので、不正確かもしれないが、沖縄は、いわゆる地下格闘技は流行っていて、潜在的な土壌はあったかもしれないが、こと、正式な競技の普及としてはまだまだ低調な地域だったという。そこに、修斗のジムを開き、コツコツと選手を育て、地区選手権を制し、ついに、山城選手、平良選手と2年連続で全日本選手権優勝者を輩出するに至った(さらに、沖縄の親川選手も準優勝)。こうした結果が、沖縄の競技レベルの高さを示し、沖縄選手権の必要性を認めさせた、という次第だ。

よく言われることだが、選手育成はお金と手間がかかるばかりで、報われることは稀だ。また、ポンと大金を出せば素晴らしい選手が育つわけでもない。まして、土台となる競技の普及から始めるのであれば、なおさら苦難ばかりで順風満帆どころではなかったはずだ。

それでも続けてきたのが、修斗の種まき人である松根さんだ。
その松根さんの元に、平良選手が入門したのは、偶然であって偶然ではないのではないのだと思う。
地理的に決して優位ではない地域で、長年にわたり、不断の努力で修斗の普及に尽力してきた経緯があり、アマ修斗、プロ修斗、修斗王者へと連なる一本の連続性の延長線上に、UFCファイター平良選手は生まれたのだと思っている。
「沖縄から世界へ」というキャッチフレーズは、長年の積み重ねの上に実現したのだ。

そして、平良選手がプロになった後も、松根さんは、大切に、しかし、厳しい試合を組み、段階を追って育てた。スポンサーも理解のある良筋のご縁を味方につけ、力のあるマネジメント会社と契約し、粛々と強くなるための環境を整える。
派手さはなくとも、松根さんが一つ一つ丁寧に積み重ねてきた全ての結果が、今に繋がったかと思うと、頭が下がる思いだ。本当に素晴らしい。

そう、平良選手の勝利、喜ぶ松根さんの姿を見て、本当に良き師匠に恵まれ、ここまで正しく導かれているな、と感じた6月16日の午後だった。

岡田遼選手というメンター

もう一人、岡田選手についても書く予定だったが、大幅に文字数が伸びてしまったので、泣きながら省略しよう。

ただ、ここでも一つ書いておきたいのは、(ごく個人的な考えだが、)チーム平良達郎に岡田選手がいて良かった、ということだ。平良選手が岡田選手を慕い、松根さんが岡田選手を信頼する。岡田選手が介在することで、非常に良いチームができているな、と思った。

岡田選手自身、途中途中で悔しい思いをしながらも、高い意識を持ち続け、見事に修斗王者に上り詰めた素晴らしい選手。残念ながらUFCには届かなかったけれど、そこに至るまでに蓄積された知識と経験を惜しみなく、この若きプロスペクトに注ぎ込んでくれる。
その姿は、頼もしい兄貴であり、強力なトレーニングパートナー&コーチであり、人生の良き先生であり、最高の修斗の先輩メンターだ。

岡田遼選手&平良達郎選手

きっと、松根さんは、平良選手を常に正しく導こうとする。基本的に松根さんは、「正解」の人なのだと思っている。どんな時も、正解への道を照らす道標のような人だ。
でも、人と人の付き合いは、それだけでは難しいこともあっただろう。人は、正しさだけで動く合理的な生き物ではないからだ。そのとき、平良選手と並走できる岡田選手が補完し、緩衝材となり、後押しする。折々に、そんな岡田選手のサポートが垣間見えた。
この歴代修斗王者チームが機能している限り、僕らは安心して試合を応援できるだろう。

もちろん、いつまでも、ということはないはずだ。いずれ、この体制が変わる時も来るかもしれない。しかし、それまでは、このチームで平良選手がどこまで行くか楽しみにしたい。

終わりに

このnoteに特にオチはなく、今、綴っておかなければ、風化して忘れられてしまいそうな不安からキーボードを叩いている。いつか、もっと能力のある人に取材してもらって、きちんとここまでの物語をまとめてもらえる日を待ちたい。


そして、一番大事なことを最後に書くが、このnoteは、平良選手の名前を借りて書いた、自分なりの松根良太さんへの賛辞のつもりだ。
(平良選手、ごめんね。平良選手の魅力、強くなるためのストイックな努力、才能の素晴らしさ、技術論、そういうのは、また別の機会に。)

現役時代は修斗王者となり、数々の素晴らしいファイトで魅せてくれた松根さんは、今は、その慧眼と類稀な指導力をもって、平良選手だけでなく、たくさんの素晴らしい選手を育ててくれている。
いつまでも修斗で夢の続編を描いてくれて、本当に、ありがとうございます。

「SHOOTO IS MY LIFE」

いちファンながら、自分もそうありたいと思っています。これからも頑張って下さい。

そして、UFCの舞台で、丸坊主の松根さんが平良選手のセコンドにつく日を楽しみにしています。遠くない将来に、必ず実現してください。


※このnoteは、このポストから思いつき、書き始めました。

おまけ

THE BLACKBELT JAPAN NAHA / 平良達郎

平良 達郎(たいら たつろう、2000年1月27日 - )は、日本の男性総合格闘家。沖縄県那覇市出身。THE BLACKBELT JAPAN所属。元修斗世界フライ級王者。UFC世界フライ級ランキング5位。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E8%89%AF%E9%81%94%E9%83%8E


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