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【小説】「ヒーリング•サークル」第8章 セッション

 サロンに着いたのは私が一番乗りで、夏実さんはじめ他の三人はまだ着いていなかった。エリさんが一人で私を出迎えてくれた。前回のロミロミの時のような不機嫌な様子はなく、私はホッとしていた。
「こちらにどうぞ。」
 案内された部屋は、マッサージに使う部屋よりも広い、八畳ほどの畳の部屋だった。大きめの長方形のテーブルと丸椅子が四脚置かれていた。会議室で使うような大きなホワイトボードが壁際にある。エアコンが効いていて暖かい。
 部屋に入って一番入り口に近い椅子に座る。その時、隣のキッチンのある部屋でがたたっ、と音がした。今日は風が強いのだ。風の音が苦手な私は咄嗟に肩をすくめた。それを見ていたエリさんが言う。
「今、隣の部屋に霊がいるわね。あなたが連れてきたのかもしれないわ。」
 そう言われて、私は少し不快な気分になり、彼女に小さい反感を持った。どうして、禍々しいものを私が連れてきたと言われないといけないのだろう。
 無言で待っているうちに、夏実さんたちがやってきた。どこかで待ち合わせて、乗り合わせてきたようだ。二十台後半の沙織さん、四十代後半のめぐみさんとはあまり話したことがない。少し緊張した。
 参加者四人が着席すると、一人立っているエリさんが言った。
「では、みなさんお集まりいただいたところで、早速始めていきたいと思います。今回のテーマは、他者の問題を自分と切り離す、です。まず、今抱えている自分の問題を一人ずつ話していってください。」
 エリさんは一瞬考え、
「じゃあ、依子ちゃん。あなたから、今自分の中に抱えている問題だと思っていることを話してもらえるかしら。」
と私を指名した。少し焦ってどう話そう、と考えてから、私は思い切って口を開いた。
「私は…」
 そうして自分の職場での問題を話した。山内さんのこと。みんなの前で罵倒してくる係長のこと。ここにいる三人は、山内さんと係長のことも知っている。味方になってもらえるだろうか。励ましてもらえるだろうか。
話し終えて、私は一息ついた。エリさんが、
「なるほど、依子ちゃんのお話でした。それでは、次に話す人を、依子ちゃん、指名してください。」
 あ、問題について意見を交換するわけではないんだな、と思い私は拍子抜けした。隣に座っているめぐみさんを指名する。
「はい。私は…」
 めぐみさんが話し出す。めぐみさんは社内結婚をしていて、自分の苦手な女性社員が、恵さんの夫と仲が良いのが気になっているらしい。一通り話し終えると、めぐみさんは沙織さんを指名した。ただこうやって順番に自分の悩みを話していくだけのようだ。沙織さんは自分が一人の男性の先輩社員に依存気味で、その人の言うことを全部聞いてしまうことに不安を覚えているという旨の話をした。そして最後の夏実さんは、この間私がカフェで聞かされた、馬の合わない女性の先輩社員の話をした。
 四人が話し終えると、エリさんは全員の顔を見回して言った。
「皆さんのお話を聞かせてもらって私が感じたのは、みんな自分と他者との境界線が引けていないと言うこと。他人との距離が近すぎるんです。」
 そしてエリさんはホワイトボードの左半分に、くっついた二つの円を描き、それぞれの円の中に「自分」「他者」と書き込んだ。次に右半分に、少し距離の空いた二つの円を描いて、またそれぞれに「自分」「他者」と書き込んだ。
「自分と他者とを引き離すこと。これが大事です。」
 なんだか当たり前のようなことを、エリさんは堂々と言い切った。改めて言われると、そうだな、この当たり前のことが自分はできていないな、とは思った。
 セッションの開始から一時間が経っていて、休憩時間になった。トイレに行ったり、エリさんがさっと焼いてくれたメープルシロップのかかったパンケーキをみんなで食べたりした。
 セッションの後半が始まると、エリさんに
「依子ちゃん、クリスタルはちゃんと身に付けてる?」
と聞かれ、私は胸元のクリスタルのペンダントをニットの上から手で押さえた。エリさんからすすめられてすぐに、通販でこのクリスタルを買っていた。鎖も適当なものを同時に探して買った。
「これからね、みんなでダウジングしようと思うの。依子ちゃんがこれからどうしたらいいか、神様に聞いてみましょう。」
 そう言って、エリさんは白いコピー用紙を持ってきて、黒のマジックで左側にYES、間を開けて右側にNOと書き、テーブルの中央に置いた。
「みんな、私の手に自分の手を重ねて。」
 エリさんは私に外させたペンダントの鎖を握って、YESとNOの間の空中にクリスタルを垂らした。夏実さん、沙織さん、めぐみさんがその手の上に自分の手を重ねて握ってゆく。私は自分の体の芯の温度が一気に下がってゆくのを感じながら、最後に自分の手を乗せた。
「神様、依子ちゃんはまた元気になれると思われますか?」
 クリスタルは小刻みに震えながらYESの方に向かい、Eの上で止まった。エリさんが続ける。
「神様、依子ちゃんの問題は依子ちゃん自身の問題ですか?」
 また震えながら、クリスタルが動いてYESの上で止まった。
「神様、依子ちゃんは薬を飲むのをやめた方がいいですか?」
 クリスタルが、これまでより力強く動いたような気がした。そしてまたYESを指して止まる。
 エリさんがにっこりと私の方に向き直って告げた。
「ほら、ね、やっぱり貴方が間違っているのよ。私たちと一緒に治しましょう。きっと正しくなれるし、元気になれるわ。」
 そう言って彼女は瞳の中の光をグッと強くした。私は丸椅子ごと後ずさった。椅子の足が、畳に敷かれた絨毯の上を滑った。
 ふと、他の三人もじっと私の顔を見つめていることに気がついた。夏実さんは、嘲笑するように勝ち誇った瞳をして笑っている。沙織さんは、無表情で虚ろな瞳をこちらに向けている。めぐみさんは、眉間に皺を寄せて憐れむように私を見ている。
 気がつくと椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、荷物とコートを掴んでサロンを飛び出していた。走って駐車場に向かい、急いで車のドアを開けて飛び乗る。車を発進させて、フロントミラーで後方に遠ざかるサロンを確認したが、誰も出てきてはいなかった。スピードを出したいが手も膝も震えていて、アクセルを踏み込むことができなかった。
 外は奇妙なくらいに晴れていた。車内はまだ暖房が効き始める前で寒い。その中で全身が汗をかいてさらに体を冷やすのを感じながら、私は家まで続く道路に車を走らせた。

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