【小説】「ヒーリング•サークル」第10章 夢の内外
悪い夢から覚めたような気がしていた。
自分は何か不透明の膜にくるまれたまま夢を長く見ていて、大森先生にあった日に、ぱっとその膜は弾けて破れたように感じた。
夢の中にいてもなんとなく感じていた違和感の答えが目の前に示されたからだった。
セッションの日から、エリさんたちからの連絡はないし、私ももちろん連絡はしなかった。
夢が覚めても、私の体調はなかなか回復せず、休職期間は三ヶ月目に入っていた。
そんな日のお昼、スマートフォンが震えて、LINEの通知が来た。ヒーリング・サークルのグループLINEだ。あのセッションのあと、グループLINEも抜けてしまおうかと思ったが、なんだかこの集まりがこれからどうなっていくのかを見届けたいと思う気持ちがあり、退会していなかった。エリさんに強制的に退会させられることもなかった。
「チャクラ開発講座のお知らせ。お薬をなかなかやめられない人がいるようです。でも西洋医学のお薬で、私たちが救われることはありません。チャクラを整えることによって、真にバランスの良い人生を取り戻しましょう。」
こんなメッセージの後に、講座のチラシらしいものの画像が添付されていた。私は画像をタップしてその内容を読んでみた。
〇〇市〇〇番地
レンタルスペース〇〇にて
会費 五千円(一回)
私はそのレンタルスペースが、私の家のすぐ近くであることに気づいてゾクっととした。わざわざサロンから遠い場所で開催するということは、ターゲットは私なのか……。
続いて、グループLINEとは別に私に個別メッセージが来た。夏実さんだ。
「こんにちは。体調はどう?さっきエリさんがグループLINEに投稿してくれたんだけど、北川さんのお家の近くのレンタルスペースで、チャクラセミナーがあるの。講師はもちろんエリさん。私も行くんだけど、一緒に参加しない?」
この間のセッションのことには全く触れずに、夏実さんのメッセージは平然としていた。
「いえ、私、もう、エリさんのセッションやセミナーには、すみませんが、もう行けません。」
私はどきどきしながら断りのメッセージを送った。なんで謝っているのだろう。もともと、人から誘われて断るのは苦手だった。そんな性格だったから、この人たちにつけ入られたのだ。なんだか情けない気持ちになる。
「え、絶対行った方がいいよ。そんなんじゃいつまでも薬やめられないよ。私も薬飲んでたけど、エリさんのおかげでやめられたんだよ。」
夏実さんのメッセージの口調が少し強くなる。はっきり言わなければいけないのだ。
「私、思ったんですけど、エリさんの言っていることって、すごく危ないと思います。医師に処方された薬を勝手にやめるだなんて。実際私は一時薬をやめたら、体調が悪化しました。」
そこまで書いて一旦送り、それからもう一通書いて、思い切って送った。
「私が感じているのは、みなさん、自分が見下せる人を探しているんじゃないか、ていうことなんです。自分が優越感に浸れるような相手が、近くにいて欲しいんじゃないですか。でも私は、そんな相手になるのは嫌です。」
送ってから、しまった、と思った。でも言わずにはいられないことだった。特に夏実さんには。
数分の沈黙の後、夏実さんからメッセージが送られてきた。
「そうですか、わかりました。あなたって、本当にかわいそうな人ね。私はエリさんを信じてついていきます。だって、みんながあの人を信じて救われているんだから、間違っているはずがないもの(^^)」
その返信と最後の顔文字を見て、だめだこりゃ、と私は思い、トーク画面を閉じた。もうこの人たちと関わる必要も戦う必要もない。そんなことをしているほど私の人生は暇じゃない。私はグループLINEから退会し、あのセッションの場にいた全員のアカウントを、LINEアプリから登録削除した。
人生の流れは思いがけずに突然変わる。休職から二ヶ月半経った時、私の妊娠が判明した。私は陽司と相談し、会社を辞める選択をした。もうあの職場にも行きたくないし、あの人達にも会いたくなかった。何より、自分の心身と子供とを大切にしたいと思った。陽司も反対はしなかった。
会社には結局顔を出さずに辞め、会社に置いていた荷物も送ってもらったから、一緒にセッションに参加した人達とも顔は合わさないまま終わった。個人的に仲良くしていた数人の他の社員にはこれまでのお礼の連絡をした。それでなんとなくスッキリとはし、私は新しい自分の生活を始めた。つわりが始まって相変わらず体調は悪いけれど、気持ちのモヤモヤはなくなって、頭の中はすっきりとしている。
エリさんにまつわる一連の出来事を、自分の中でどう位置付けたらいいのか、まだ私にはわからない。多くの冷静な人たちは、私のことを、人に流されやすく断れず、胡散臭いヒーラーに引っかかりそうになった馬鹿な人間だと思うだろうし、その通りだと自分でも思う。でも自分が思いがけなくひどく弱った時に、そろりそろりと自分の心の隙間に入り込んでくるものを、果たして即座に払いのけられるものだろうか?この人こそ自分の救世主かもしれない、と信じかけた人が、実は自分を見下していて、ただ自分を利用しているだけかもしれないなんて、自分一人で気づけるだろうか?
踏めばはまり込んでしまうぬかるみはそこら中にある、と思う。ただ自分が心身ともに健康な時は、それに気がついて避けられるというだけだ。
あの体験があってから、私は占いを信じなくなった。全くスピリチュアルが駄目になったというわけではなく、家でお清めにセージやお香を焚いたりもするけれど、度を過ぎて信じ込むということはない。「お守り程度」に思っておくことが、程よい付き合い方なのだ。過信することは、それに足をとられることもあると言うことだから。
もうエリさんたちに会うことはないし、彼女たちに対して複雑な気持ちは今もある。それでも、彼女たちが本当の意味で救われることがあればいいな、と思う。誰かを救うこと見下げることで自分を救うのではなく、自分を大切にすることで幸せを感じられるように。自分の傷に目を向けて手当てができるように。そう願っている。
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