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さいごのひ

商店街が賑わっていたのは過去の話で今はすっかり綺麗な家ばかりが並んでいる。この道は、インタロッキングで綺麗に舗装されていて、車も通らずただひたすらに、真っ直ぐ伸びている。君の家から僕の家までを繋ぐ、3色のブロックが敷き詰められた道。十字路には、まあるい模様。商店街の道。

君の家に向かうのはいつも夜だったけれど、等間隔に並んだ街路灯が明るく照らしてくれていた。まるで、この道が正解ですよ。と教えてくれているようだった。

商店街に入って少し進んだ右手の路地には、フチの錆びた青色の自動販売機がある。110円の細長いコーラは、君の家までに飲み切るにはちょうど良かった。商店街をもっと進んだ先にはマダムの経営するたばこ屋さんがあって、そこのゴミ箱に空き缶を捨て、君の家へと向かう。いつものルーティーン。

オートロックの扉を入ってすぐ右の住人は、いつも置き配の荷物があった。確かに重たい水を持って帰るのは大変だよなあ、などと考えながら階段を登る。この時に大事なのは、独特のリズムで登ることだ。そうすれば、今ごろあの三毛猫は僕の足音に気付いてムックっと起き上がって聞き耳を立てているぞとワクワクしながら扉を開けることができる。

君の家の香りがする。フローリングど猫と君の少し甘い髪の匂いが合わさった香り。
第一声はだいたい三毛猫で、元気なにゃーだったり、大きなしゃーだったり、時にはしゃーの顔でにゃーと言ったり、にゃーからのしゃーだったり、いろんなパターンで僕を出迎えてくれた。なぜか君は部屋にいなくて、脱衣所で裸になっていることが多かった。体を隠しながら恥ずかしそうに"やっほー"と返してくれた。

よくお話をする子だった。
身振り手振りはもちろん、表情豊かに最近あった出来事を面白おかしくお話してくれた。
君の周りには変な人が多くて、皆さん一様に君の鋭い観察眼の餌食になり、面白いお話の登場人物として僕に紹介されるのであった。

君と出会ってから、僕は多くのことに気付いた。
こんなところにギャラリーが、あの落書きたちの共通点、こんなイベントが、こんなスポーツが、そんな考え方が。他の誰も教えてくれなかった僕の知らなかったことをいっぱい教えてくれた。だから君を好きになった。君と一緒にいたいと思った。なにより、君がいないと寂しいということを教えてもらったから。

2年も一緒にいたら、いろんな君を知ることができた。身体が硬かった君も、カレーが好きな君も、走る時は身体が傾くことも、全然おならしないことも、たくさん寝言言うことも、笑うと最高に可愛いことも。こんなの全然寒くないよと言い放つ君が大好きだった。冬が嫌いで夏が好き。そこは僕と真逆だったけれど大した障害にはならなかった。

君のこと全部知りたかった。
それを恐れた君は全部知っちゃうと飽きるでしょって、最初はあまり教えてくれなかった。でも僕の熱意に負けてバドミントンも連れてってくれたし、おばあちゃんとお母さんにも会わせてくれた。

僕が無理を言ったから急に決まった福井旅行はいろいろな種類のドキドキが詰め込まれていて、最初から最後まで興奮しっぱなしだった。中学生がつけたような名前の電車が運んでくれた街は大掛かりな工事をしていた。その工事看板には昔とても苦労した仕事の取引先の名前があった。

田中選手、当時の担当者は周りの人を選手付けして呼ぶ変な人だった。でも仕事熱心で知識も豊富で言ってることは正しかった。だから何も言えなかった。納入したシステムが機能しなくて、1週間くらい泣きながらあの手のこの手で試して見たけど、どうしようもできなくて、お金かかるけどメーカー呼んで確認してもらったら出荷時のミスだった。それが2つのメーカーそれぞれミスが重なって奇妙なシステムとなり、誰にも理解できない不具合が起こってしまったのだ。全部解決して上手く稼働した後に、君は根性あるな。
1番最後に田中選手にそう言われた。
黙っとけ、そう思った。

あの出来事も、こんなところで繋がっていたのか〜今日のためにあったんやねと、1人感心していた。

君のお母さんに会うのに粗相があってはいけないと、福井の人口、面積、地図、歴史、地名の由来、県民性、ローカルの情報サイトの全てのページを確認した。それすらも楽しかった。好きだから。新幹線がどこまで延びるかって話で、君は聞き逃したのか置いていかれていたけど、地理の話が2人だけで成立した時は嬉しかった。あの喫茶店、名前忘れちゃったな。

君がお話してくれた中で特に好きなのは飼ってた猫のクラブの話と豪雪の日に、歩いて学校に行った時の話。
君の人柄が全て詰まっている。
面白くもあり、愛おしいお話だ。
思い出すだけで幸せな気持ちになる。

畑に面した道路と踏切、さわやかと車を運転する君。旅行は2度だけだったけれど、これまでのどんな旅行よりも新鮮で、楽しかった。慌てて買ったジーパン似合ってるのすごいなって思った。さすがだね。おばあちゃんみんなに似てた。彼はずーっとゴロゴロ言ってて急にシャーって怒ってたし、もう1人の彼は叫んで徘徊していた。

君が会わせたいって会わせてくれたのに、ごめんね。思い出を汚してしまってごめんね。

あの一軒家の表札を僕の名前に変えて、めちゃくちゃにDIYしてサイベリアンを飼ってお外をお散歩する夢が今日潰えた。悲しい何も上手くいかない。

背もたれに、もたれかかって涙を流す君。
鼻を赤くして、口を一文字に結んで。
もこもこのパジャマを着た君の姿を何度も思い出す。涙が止まらない。もう君を泣かせないって決めたはずなのに。君の泣き顔は充分見たからもういいって言ったのに。

感情が追いつかない言葉がまとまらない。


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