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電車で元ヤ○ザと思しき人に席を譲った話

少し前の日曜日。
ちょっとした用事があり、各駅停車で6つ先の駅へと向かった。野暮用を早々に切り上げ、帰りも同じように各駅の電車に乗って家路に就いた。僕が席に座るとちょうど空席が埋まる。そんな混み具合の電車は動き出した。

ポケットからスマホを取り出し、YouTubeか何かをぼんやりと見ていた。特段面白くもないし、興味があるわけでもないが、ある種の作業的に動画を見ていると、電車は3つ目の駅で停車した。ドアが開くと何人か乗り込み、その中の一人が僕の席の目の前で立ち止まった。

スマホから目を離さなかったが、ピントがボヤけた視野の隅で、その誰かが杖をついているのが分かった。スマホから杖にピントを合わせると、今度は赤地に十字とハートマークのキーホルダーがぼんやりと視野に入ってきた。


ヘルプマーク

席を譲った方がお互い気持ちがいいだろうという下心の元、その人とはあえて顔を合わせず、「どうぞ」とだけ言ってスッと席を立った。
すると、その人は「いや、いいよ」とドスの効いた低い声で僕に言った。

まさかの一言に実際に「え?」と声を発してしまったと思う。
声の主の顔を見ると、めちゃくちゃイカつい60歳前後のおじさんで、冗談じゃなく、ぶん殴る1個手前の表情で僕を睨んでいた。

席を譲ったものの断られてしまい、気まずくなって、その場を離れた経験がある人はいるだろう。
しかし、この時の僕は、オスとして圧倒的な強さに違いを感じ、逃げるように少し離れたところに移動した。

電車の中には僕とそのおじさん以外に5人くらい立っている人がいたが、僕が空けた席には誰も座らない。「下心はあったとはいえ、どうしてあんなに高圧的な態度を受けないといけないのだろう」と思い、もう一度そのおじさんをチラッと見てみると、半袖の下からバキバキの和掘りの刺青が見えた。
そして、僕は本能的に目をそらした。


※イメージ

そこから3駅分、電車の中には地獄のような空気が流れていた。
その間、乗車してきた人も僕がいた席に座る人はいなかった。
なぜなら、その席の前におじさんが立ち続けていたから。

そんなことはつゆ知らず、電車はゆっくりと走り、ようやく僕の最寄駅で止まる。下車する際、もう一度おじさんのチラッと見た。
杖を持つ左手の小指の第一関節から上が無かった。

駅を出て、家へと向かう道、僕は泣きそうになった。
元々そっちの世界の人が何かの理由でカタギに戻り、何かの理由で今は杖をつき、何かの理由でヘルプマークをつけている。
そんな人が席を譲られても、ドスの効いた声で「いや、いいよ」。

お気遣いなく的な意味で言ったのか?
余計なお世話だよ的な意味で言ったのか?
下心ありの言動に苛立ったのか?
彼の言葉の真意は僕には分からない。

ただ、親切心を一瞬で断絶してしまうような言い方に捉えられる発言だったのは確かだった。僕がそう感じてしまったからね。
彼をそうさせたのは、それまで取り巻いていた環境なのか、それとも組織なのか。
その原因を想像すると、とても悲しくなった。

家に着き、テレビをつけると、ちびまる子ちゃんのオープニング曲が流れていた。ピーヒャラ ピーヒャラな気分にはなれなかった。

【追記】
もちろん和堀りの刺青は反社会的勢力的なものではなく、彼の趣味だったもしれないし、小指がなかったのも事故によるものや先天的なものかもしれない。その場合、また違う角度のバックボーンが見え、泣きそうになる。

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