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ギターは空気みたいなものだ

ギターを鳴らす。
ちょっと貴重なギターで、僕が昔、ミュージシャンを志していた時代に買った産物だ。

ギターを鳴らす。
別に上手いわけではない。
歌も歌わずに、かき鳴らしてみる。
するとどうでしょう、その空間はギターに支配される。
まるで、世界から色がなくなったように。
いや、なくなったわけではない。
むしろ色が濃くなって、浮かび上がるのが見えるようで、僕は続ける。

ギターを鳴らす。
ほら、ギターは自分から歌うことはない、僕が鳴らすだけ音を出して、空間を支配する。
ロックスターは、あるいは、ギターの持っている本能を呼び起こして、ギターに歌わせているのかも知れない。
僕にそれほどのテクニックはないから、僕が鳴らすだけのギターの音が今の空間を支配する。

ギターを鳴らす。
キッチンで、君はミネストローネを煮込んでいる。
たくさんの種類の野菜を細かく切って、トマト缶を丸ごと入れ、ひたすら煮ている。
長い時間煮込むことが唯一のコツだから、といつか教えてくれたっけ。
君は煮込みながら、コーヒーを飲み、文庫本を読んでいる。
あれは確か、町田康の新作だ。

ギターを鳴らす。

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